第4話

1週間最後の金曜日の6時間目。その日の1組の美術の授業は少し変わっていて、好きな作家を語る、という授業内容だった。

海が高橋のパシリにされ大量のプリントを持ち、一緒にクラスに入ってくる。

「あっ、海お疲れ!俺手伝うよ!」

クラスメイトが手伝おうと海の側に寄るが高橋が足蹴りで蹴散らす。

「出しゃばるな。単位変わんねーから。」

クラスメイトは高橋を睨みながら自分の席に戻る。…先生ひどくない?…教師失格…という悪口を高橋本人に聞こえるように口々に話し出す。

委員長が「やめなよ。」と制するが悪口はエスカレートしていく一方だ。

「先生、生徒に対する態度酷くないですか?」

高橋は委員長を睨みながら、意地悪に笑うと海の肩に自分の腕を乗せる。

「おい、海。ゆっくり一人一人に配れ。」

海は無言で言われた通り一人で端から配り始めた。

「お前ら、未だに俺のクラスのあることないこと話してるんだってな?」

やばい、この前の噂話し聞かれたか…。炎が弁明しようと立ち上がる。

「高橋先生、違うんです。俺が聞いてしまって…。」

野次を飛ばしていた生徒たちは罰が悪そうに下を向く。海が炎の声を聞いて振り向くと状況を察知したのか、教室を飛び出した。

「炎、またお前か。お前は毎回俺の授業妨害して楽しいか?」

高橋は炎の席まで近づき、襟元を掴む。

「違います…。ちょっとしたきっかけで話を聞いて詳しく聞いてしまったんです。広めようだなんて思ってないです。」

襟元を掴む力が強い。ギリギリ足が床についてるがそろそろ限界…。苦しい。

「お前そうか、まだこのクラスに話してないのか?おさな…。」

そう言いかけて岡が高橋に覆いかぶさるように言葉を遮断する。

「高橋先生!そこまでですよ!」

高橋の手が離れ、炎は倒れそうになるが海が抱きとめる。そのまま海は炎を抱いたまま教室を出ていくので委員長が他の生徒に保健室に行くことを伝え一緒に教室を出て行った。

「岡…ッ!」

岡は小さな声で「高橋先生、落ち着いて…。今日は由香ちゃんと会う日なんですから。」と囁く。

その言葉を聞いた高橋は大人しくなり、舌打ちをしながら覆いかぶさる岡から離れる。

「うちのクラスがすみません。ホームルームできつく言っておきますから。」

「あーあ。どいつもこいつも。団結力あるクラスですこと。」

授業終了のチャイムが鳴り響く。高橋は荷物をまとめ1組を出て行くと、岡の周りに野次を言って言った男子生徒たちが集まってきた。

「岡先生、大丈夫ですか?ごめんなさい、俺たちが聞かれてもないのに河野の話をして炎に迷惑を…。」

「大丈夫、大丈夫!お前たちの担任だぞ、守ってやる。炎に後で謝るんだぞ?」

男子生徒たちは「はいッ!」と元気よく答えると保健室に向かってしまった。…この流れでホームルームしたかったのだがまあいいか。


「炎!!ごめん!!!俺たちのせいなのに…。俺たちが余計な話したせいで…ごめんなさい!」

頭に軽く包帯を巻いて、呑気に保健室で青山先生を入れて談笑していた所に突然クラスメイトが現れ謝罪された。

「わぁ。びっくりした…。気にしてないって。この包帯も大げさなんだぜ?海が頭冷やせー!って騒いだから氷水落ちないように巻いてるだけだから、な!大したことじゃないって!」

海に「なー?」と言いながら身体をすり寄せる。炎本人は嬉しそうだが海はうざそうに何度も炎から離れる。

ドドドドと大きな音が近づくと同時に、保健室の扉が勢いよく開く。

「炎はーーーーん!!!大丈夫かいな?!心配してきたで!!!」

「炎大丈夫?食堂でお水買ってきたけど…。」

緑と桃が保健室に入ってきてより一層賑やかになる。

「炎くんの周りって、いつも誰かしらいるね。誰にでも優しいし何だか妬けちゃうな。さーて、帰ろッ!」

嬉しそうな海の顔を見て嬉しくなった委員長は立ち上がり、謝りにきたクラスメイトと共に立ち去ろうとする。

「委員長、ありがとな!」

炎の言葉に委員長はにっこり笑って保健室を出て行った。

緑は炎に抱きつきずっと頭を撫でている。そんな光景を見ながら青山先生は人数分のお茶を用意してテーブルに置く。

「炎くん、昨日と連続ここにきてるけど本当先生心配よ。大丈夫?無茶してない?」

緑と海が驚いた顔で「連続?」とびっくり声をあげる。

「あちゃー。2人にバレちゃった。昨日は意識無くして1組で寝てたみたい。今日みたいな怪我じゃないし保健室で寝て昂先生に車で送ってもらったんだよなー桃っ!」

「ええええ!桃はんも!」

桃は照れたように小声で「うん。」と返すと緑はニヤニヤして桃に耳打ちする。

「炎はんと進展あったんか?」

「やだっ!緑!そんなんじゃないから!」

しばらく談笑していると一仕事終えた岡が保健室に現れた。

「おー。炎、身体はどうだ?何ともないか?」

岡は炎の頭を撫で優しい言葉をかける。この岡先生の優しい顔、大好き。

「何ともないですよ。胸ぐら捕まれるのはいつもの事ですから!」

いつものことって…。岡はため息をつき「すまない。」と謝った。

「本当すまない…。そうか、明日は土曜日か…。お詫びじゃないが、緑も住む男子寮で一晩泊まって行くか?」

炎は目をキラキラ輝かせ喜んでいるが、男子寮。

「桃は…。」

岡は桃を見て一言何度目かの「すまん。」と口にした。


   ***


初めて訪れたみなと中学校生徒寮。

学校から少し離れた坂の上に場所にその寮はある。かなり大きい。普通のマンションのようだ。

ここは男子寮。女子寮はまた別の場所にある。1階は独身男性の寮にもなっている。さすが私立といったところか。

こんなに私生活も充実している学校中々無いんじゃ無いかと思う。

「私立だからですか?こんなに立派でびっくりしました…。」

海がびっくりするのも無理ない。オートロックでコンシェルジュ受付もいる好待遇都内の物件のよう。中学校でここまでとは本当にびっくり。

この学校が特別なのか。この学校の創立者って一体何者なんだよ。

「岡先生がな、料理もするなら料理部屋も必要だよな、って用意してくれたんやけど…。」

と、言いながら案内された場所は料理室…のはずだ。

「す、すげぇ…。」

部屋一室丸々レストランのような部屋だ。

フロントに頼めば足らない食材も全部用意してくれてるシステムで何とも素晴らしいのだが…。

「この学校、凄すぎて足向けて寝られへんで!驚くのはまだ早いで!この料理部屋、わいがきてから作られたからな。」

どんな学校だよ、凄すぎる!としか言葉が出ない。

「あれ…?高橋先生では?」

海が指差す方向にすぐ怒り出す高橋先生の姿が見える。

「ゲッ…。高橋せんせ…。」

さっきまで俺を殺す勢いで迫ってきた人とは思えない。学校の時とは違い慌てた様子で走っている。

「何してんだ?」

炎はこっそり後を追うその後ろに海と緑が続く。

高橋は料理部屋でコソコソ準備している。と、いうより事前に冷蔵庫に入れていたものを出している?見覚えがある。今日の学食のお弁当だ。3人分を取り出し袋に詰めている姿が確認できる。袋にお弁当を詰め終えると料理部屋を急足で飛び出して行った。

「なんやなんや?高橋先生どこ行くんや?」

炎は頭に巻いていた包帯をテーブルに置き目をキラキラと輝かせて何だか楽しそう。

「おいおい、あいつ消えちゃうよ!急ごうぜ!!!」

炎はもしもを考え扉をゆっくり開け、抜き足差し足で歩き出す。

「何や、楽しくなってきたなぁ!」

緑もその後に続く。海はその光景を後ろから見てため息を大きく吐くのであった。

「え?私もメンバーに入ってます?帰って勉強したいのですが…。」

海の言葉は虚しいかな、誰にも届いていない様子だった。


   ***


高橋の後をこっそり追って辿り着いた先は女子寮だった。男子寮とは距離があり学校に一番近い寮だ。

「高橋が女子寮?!」

高橋はフロントに入り、コンシェルジュに声をかけている。

「なんやなんや?何の用事や?」

しばらくしてフロントに女性が現れた。黒髪で前髪がぱっつん。胸が大きく身体のラインが強調された服を着ている。化粧はかなり厚そうだ。

「ゲッ…。」

大きめの声を上げる炎の口を海は手で塞ぎ物陰に隠れた。

高橋と女性は楽しそうに話しており中々の親密度が伺える。談笑を終え高橋から女性はお弁当を受け取ると別れて別々の方向へ歩いて行ってしまった。危ない!高橋がこっちに来る!

「あっ!高橋が出てきたっ!隠れろ!」

3人はしゃがみ、高橋の姿が見えなくなるまで見送ってから、深く息を吐き出した。

「…行った?」

炎は物陰から顔をひょこっと出すと安堵したように胸を撫で下ろす仕草をした。

「いやぁぁびっくりやなぁ。まさか高橋先生に女性の知り合いがおったなんてなぁ。」

「ほんとほんと!高橋の弱点遂に握っ…。」

と、言いかけ先ほどの女性と目が合う。

「アンタ達、女子寮に何の用?痴漢?」

炎の顔に自身の顔を近づける女性のバッサバサなまつ毛が炎の頬に当たる。

ヒィィィィ!!!!

「……匂うわね、アンタ達。話し聞こうじゃない。何であたしのパパをつけまわしてるのか。その理由をね。」

謎の女は三人の前に仁王立ちで立ちはだかる。

え?えええええええええ??????

「パパ?!?!?!?!」

3人の仰天した声が響き渡り他の学年の生徒から変んな顔で見られている。

女性は腕を組み3人の顔を交互に見て笑っている。長い夜になりそう…。


   ***


一人取り残された桃は、大きなため息を吐く。

はぁ…。

炎たちは男の子同士だから何するにも楽しそうでいいなぁ。わたし、この学校に来てから女の子同士でお泊まりとかした事ないのに、いいなぁ。

男の子はいいなぁ、と、このメンバーで集まるようになってつくづく思う。

炎たちと別れた後、青山先生が駅まで一緒に帰ると提案してくれたが、少し学校での仕事が残っていたので母親に迎えにきてもらう約束をして学校に残っている。

「ふぅ。終わったー!」

お母さん、もうすぐ着くかな。先生に挨拶してこよっと。戸締まりをして職員室に向かう。

もうすぐ本格的な夏がやってくる。外はまだ明るい。この季節は昔よく3人で学校残って鬼ごっこしてよく遊んだな。見つけてもらえなくて黄牙が泣いてわたしから離れなくて…懐かしいな。

黄牙が大怪我をする前の記憶がふいに蘇る。去年、告白されて付き合ってしまった事、間違いだったのかな。どうしてわたし付き合ったんだろう。黄牙の事、本気で好きだったのかな。

胸がキュッと締め付けられる。昔の辛い過去だ。

一階まで階段を降り、職員室の扉を開けると岡先生と目があった。

「お、桃。すまなかったな。」

申し訳なさそうに頭をポリポリと掻きながら桃に謝っている。こちらまで申し訳ない。

「大丈夫ですよ、岡先生。男の子多いとこういう時こうなっちゃうので気にしてないんです。」

「桃は偉いな。次は委員長と女子寮で泊まりできるよう校長に頼んでおくよ。」

桃はその言葉を聞いて嬉しそうに「はいっ!」と答え帰る旨を伝える。

「そうか、もう帰るのか。お母さんに挨拶を…。」

椅子から立ちあがろうとしたが桃が両手を左右に振って制止した。

「いいですよ、お仕事残ってるのでお手数掛っちゃうので。伝えておきます。失礼します!さようなら!」

岡が答える前にペコリとお辞儀して職員室をでる。

…お母さんが来るまでまだ時間あるなぁ…、と、別棟の方が気になり連絡通路を渡ってみる。…ちょっと覗いてみようかな。

その日は何故か興味が湧き、普段は絶対に立ち入らない別棟の扉をゆっくり開く。

ギシ…

「きゃっ!」

別棟の洗礼を受け、今にも穴が開きそうな床をゆっくり歩く。5組の看板が見え教室に光が灯っていた。

…まだ居るのかな。突然でびっくりしちゃうかな…どうしよう、炎と一緒の時にしようかな。

5組の前でウロウロしてたら、声が近づいて来て急いで近くの物陰に隠れる。別に隠れなくてもいいと思うんだけど…緊張してドキドキが止まらない鼓動を抑えながらつい隠れてしまった。

中から出て来たのは同じクラスの新聞部部長だった。部長は丸めた紙を大事そうに抱えている。

部長と黄牙が付き合ってる噂、本当だった?5組を追っていると言っていたけど、まさかこんなに親密な関係になっていたなんて。

部長は身体をモジモジさせて、黄牙の手を握る。

「黄牙くん、今日も取材に協力してくれてありがとう。また新聞に載せるわね。」

部長は抱える紙を見せ満足そうだ。新しいスクープを手に入れることができて幸せなんだろう。

「ううん、僕こそありがとう。」

黄牙も嬉しそうな笑顔を見せる。久々に見る彼の笑顔が懐かしくて、胸の鼓動が早くなるのが分かった。

「ねえ、今日は…する?」

部長の腕にしがみつき、上目遣いで部長にどうするか聞いている。

何を…。

「…お、お願いします。」

黄牙は部長の腕を引き寄せ抱き締める。それから頬に軽くキスをした。

「またね。待ってる。」

顔を赤らめバタバタと去っていく部長を黄牙は手を振って見送ると、また5組の中に戻って行った。

気がついたら部長を追いかけ腕を咄嗟に握ってしまった。

「金子…桃?何よ、離しなさいよ。」

びっくりして持っていた原稿を床に落とす。

…1組の生徒のあることないことが書かれている?岡先生の名前がチラッと見えたが隠されてしまった。

「ねえ、部長。嘘は…よくないと思う。」

部長の腕を握る力が強くなる。

「何よ、あなたには関係ないでしょ。っていうか、あなた盗み聞きしていたの?あの優等生が、悪趣味ね。」

そう言われ何も言い返せないが、何か悪い事を企んでいるなら阻止しなきゃ!

「ねえ、黄牙と何してるの?岡先生の名前見えたけど…ねえ、何しようとしてるの?」

部長は桃に握られた腕を力一杯に振ると、その衝撃で桃はよろけた。

「あなたには関係ないわ。あなた、ほんっとに嫌いだわ。優等生ぶりっ子ちゃん。」

部長は床に広がった原稿を丸めて持ち直す。そして桃にこう付け足した。

「あなたのだーい好きな金子炎の過去、いつか絶対スクープしてやるんだから。あ、それから…。」

部長は桃の耳元で「彼と付き合ってるのよ、邪魔しないでね。」と付け足してから嬉しそうに昇降口に向かって行った。

どうしてか悔しくて、廊下に寝そべって涙が溢れて止まらない。

遠くから母親の声が聞こえた。どうしてこうなっちゃうの…。だめだよ、操るなんて!母親と岡先生が心配そうに泣きわめく桃をなだめる。

どうにかしなくちゃ、わたし達が彼を止めなくちゃいけない!


   ***


「アンタ達、なんの用であたしのパパを尾行してたのよ!」

ケバい女の第一声に3人ポカンと口を開く。

「は?パパ???えっ?」

ケバい女は頭を抱えながら大きなため息をつき口を開く。

「あのねー。あたしのこと知らないなんて、それでもパパの追っかけ?」

大きな胸を揺らし厚化粧した顔が歪む。

「あたしは高橋よ、高橋由香。さっきの高橋先生の娘よ。これでもまだ若いピッチピチの大学生なんだから。」

ええええええええええええええええええ?!?!?!?!

ピッチピチ?うわぁ!

3人はフロント中に声を響かせ驚きを隠せないでいる。

高橋の娘?ってことは独身だけど独身じゃなかった驚き!子供いたのかよ、やばい事知ってしまった気がする…高橋への見る目が変わりそうだ。

「し、しっかし何でこの寮に居るんや?生徒でも先生でもないやろ。」

ナイスツッコミ!

由香が嫌々そうに緑を睨む。

高橋が二十二歳の頃に作った実の娘だ。由香は今年で十八歳だ。

「来年、教員免許取るための勉強中よ。安心して、あんた達クソガキ3人の面倒は見ないから。未来の保健の先生よ!」

海がずっと顔色悪くうずくまっている。…気持ちわかる。

「…パパ、最近何か変わった事ない?あたしに会いにきてくれる回数減って…。」

と、言いかけて言葉を噤む。

「何でもないわ。さ、そろそろ帰ったら?ここ女子寮よ?」

さっきから何か違和感あると思ったら女子達の痛い目線だった。原因がわかってそそくさと帰る準備をする。

「あれっ?!あそこにいるの2年生の海くんっ?!」

ジャージの色が赤いので3年生だろう。3年生たちはザワザワしだす。

「ちょっ…はっ、早く帰りますよっ!」

海にとっては見慣れた人物達なのだろうか、先輩を見て一目散にフロントから飛び出していく。

「あはは…。由香さん、今日はすみませんでしたっ!また!」

「炎はん〜!置いてかないで〜!ほなっ!」

炎は満面の笑みを浮かべ海の後について男子寮の方向へ消えていく。

3人がやっと女子寮から去っていくが、海目当てに集まってきた女子達はまだフロントで「海さま」「海くん」と各々名残惜しそうに見送っている。

…こんな話でよかったのかしら、パパ。


教員免許取るのは事実だけどね。由香も椅子から立ち上がり部屋に戻る。

あたしはパパの実の娘。高橋由香よ。

母親はおらず、パパが男でひとつであたしを育ててくれたのよ。

あたし、性格が自分でもわかるけどキツい方だから小学生の頃はいじめも良くあってパパには迷惑かけてしまったなと思う。中学入ってもいじめは続いてあたしも意地になってずっと学校通ってたらいつの間にかいじめも無くなって

何ともない日が続いて、それが高校までずっと続いたわ。

パパはずっと学校の先生で絵を描く事が好きなパパだった。

休みの日は美術館に行ったり、地元のコンクールに参加したり。学校での授業も楽しそうだった。

でもそれは去年の秋までの話。

河野黄牙がやって来てからパパは人生が虹色に変わった!と言っていた。

確かに少し他人に対して暴力が増えた…ような気がする。前から口調は悪かったからさほど気にならないけど。

人が変わったように暴力的になり岡先生を執拗に敵対心して嫌がるようになったのよね。

そうそう。彼、あの河野努の息子さんなんですってね。

河野先生は当時、研修生でこのみなと中学校に来てたのよ。その時に世話していたのが岡先生ってわけ。

研修が終わって河野先生は地元の中学校で先生をしていたけど不祥事を起こして地方に転勤になった、としか知らない。

あたしのパパはとっても優しくて、中学校の先生をしているのよ。

先生の仕事は大変そうで、帰ってくる時間はいつも夜の9時を過ぎていたし帰ってきても夕飯を食べにそのまま寝てしまうことがほとんどだった。

生活はずっと苦しかった。ママがいないのは大きくて、あたしが家事全般をしていたけどやっぱり学生には大変で、パパの役に立っていたかどうか不安だった。

いつだったか、ママの代わりになろうとして怒られたっけ。ママは少しだけ聞いたけれどパパが学生の頃に出会ってそのまま出来た子があたし、なんですって。

そんなパパを見て育ったからか、あたし自身も学校の先生に憧れをのつようになって教員になろう!とそう決めたの。

とにかく必死に勉強して。ついに来年は受験!というところまできた。

でもパパはそんなあたしを見てくれない。

パパは河野黄牙に夢中だった。さっきパパを尾行していた子たち。きっと彼の親友なのだろう。

…パパが早く元に戻るといいな。


   ***


学校近くの大きな公園に河野黄牙に呼び出され、夜遅く落ち合う事になった。

公園内にある小さな滝の力強い音が聞こえ、ぼーっと眺めていたら背後から声をかけられる。

「ごめんね、遅れちゃった。」

彼はそう言って、私服で現れた。学校以外で見る彼が新鮮で特別な気がした。

「金子桃にアナタと付き合ってるの?って聞かれたわ。」

名前を聞いてビクッと身体が震えたのが見えたが、彼が彼女と知り合いなはずがない。

「言ったのよ、付き合ってるわ、って。」

そう言って彼の顔を見ると悲しそうに「お願い。僕、高橋先生の事助けてあげたいんだ。」そう言って部長の身体に抱きつく。

「わ…わかってるわよ。アタシたちは…。」

また赤い瞳に見つめられ、何も考えられなくなる。

「あ…夏休み終わったら、あの事。記事にするわ。」

部長は初めて黄牙と会話したあの日に貰った紙切れを見せて、大事そうに制服の胸ポケットに隠す。

「お願い。」

彼の赤い瞳は不思議だ。何も考えられなくなって、彼が言う事が全て正しくて。

「わかったわ。任せて。」

不穏に光る月夜に照らされて、計画は進んで行く。誰にも知られずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る