第3話


校長室。

「えっ!潜入捜査?何それ、めちゃくちゃ楽しそう!」

炎は目をキラキラさせて昂の話を聞いている。前のめりすぎて昂の顔スレスレだ。

「えっと…。コホン。」

昂は炎の顔を押し返し、改めて話し出す。

「潜入、と言ってもそんな大袈裟な物じゃなくて。君たち4人には高橋先生の動向を調べて欲しいんだ。海はずっとこの中学だから高橋先生の事少しはわかると思うが…本当に変わってしまって俺たち先生も生徒も戸惑っているんだ。5組で何が行われているか調べてほしいんだ。」

昂はきつい度が入ったメガネを外し真っ直ぐに炎の顔を見る。

「私的には河野さんが来てから学校全体が変わった気がします。彼に何か力があるんじゃないでしょうか?個人的には頭の良さがウザいくらいですね。」

メガネを直しながら海が話すが、単純にそれは自分より成績いい人嫌いだからでは?

「わいはこの前炎はんから聞いたで!わいと桃はんは新聞部を上手く使って情報聞き出すわ!」

「そうね。わたし…あの部長に嫌われてて苦手だけど頑張るわ。」

新聞部部長は何故か桃をライバル視していて(彼女もそこそこ頭は良く十位以内には入っている。)事あるごとに桃のスクープを撮ろうと必死になっている様子。

「俺は…あいつに絶対謝る。頑張る。」

「ファイトやで、炎はんっ!」

事情を知った緑が持ち前の元気で炎を励ます。

「みんな、ごめんな。あの高橋先生が自分の好きだったものを忘れるなんておかしい話なんだ。海も知ってると思うけど根っからのオタクだったから別人のように変わってしまって。俺たち先生もサポートするから何かあればこれで連絡してくれ。」

渡されたのは紋章バッジ。鶴の形をしている。昔、この辺りには鶴が多くいた事が有名で、このみなと中学校のエンブレムになったそうだ。

「これは紋章バッジ?今付いてるのとはちょっと違う…?あれっ、これマイクついてる!」

バッジを空高く持ち上げる炎。光に当てると反射してキラキラ光る。

秘密結社みたいでかっこいい!

「これは通信用の紋章改造バッジ。制服につけて通信手段にしてくれ。ボタンを押してる間は聞こえるようになっている。学校内で電波を妨害されることはない…と思うが念のためだ。録音機能も念のため。」

わぁぁぁぁ!すごいかっこいい!バッジを襟元に付け直し鏡の前に立ちるんるんで回って見せる。

「炎、この前の補習…。」

鏡でルンルンになってる炎の肩を手でぽんぽんと軽く叩く桃。

「うん、一瞬会った。っていうか会話したのは緑だけど。大丈夫だって。俺が何とかするから。」

頭を掻きながら俯く桃、申し訳無さそうに慌てて謝る。

「ううん、わたしも一緒にがんばる。新聞部が最近高橋先生にしつこくつきまとっているみたいで、探ってみる。」

頼もしいな、桃は。黄牙が突然居なくなったあの時も、今も。ずっと俺を支えてくれている。

「うん。俺、あの事件から痛みを知って自分勝手な考えやめたんだ。あの頃は幼稚で桃や黄牙の気持ちなんて考えてなかった。俺大人になるよ。ちゃんとあいつに伝えるんだ。」

日に当たった炎の横顔が思わず綺麗で見惚れてしまう。

「わたしも頑張るっ!また3人仲良く話せる日が来るといいよね。」

2人は顔を見合わせ笑顔で挨拶する。今はみんながいる。高橋に何かされてるなら俺たちが何とかしたい。守ってやれるのは俺しか居ないんだ。

今日はあいつと約束した日。

そういえば…。あいつ、あの日置いてきた伝言読んでくれたかな。っていうか集合場所書いたっけ…。

とりあえず1組に戻ろう。


   ***


開けた窓から心地よい風が入る。

彼は夕焼けに照らされ、小さく細い身体のシルエットが綺麗に映える。

「…自分から話したいとか言って僕を待たせて何してたの。集合場所も書いてないし。」

誰もいない1組に珍しい来客だ。黄牙はメモをヒラヒラ見せ「来たよ。」と言った。

やっぱり〜!と言いながら黄牙の近くまで寄るとメモを読み肩を落とす。

「あ…ごめん。やっぱり集合場所書いてなかった…。」

自分で書いたメモを見ながら頭を掻く炎。…頭を掻く癖まだあるんだ…。黄牙は表情を崩さず「何の用?」と聞く。

「何の用…っていうか。」

覚悟を決めたはずだったが中々言葉が出ない。

「た、退院おめでとう…。」

黄牙は大きくため息を吐く。この人は相変わらず…。

「…いつの話してるの。僕、元気だよ。おかげさまで。」

黄牙は肩にかけた上着の学ランを机の上に置き、Tシャツの下から見える両腕に巻いた包帯を見せる。

「お見舞い、とうとう来てくれなかったね。」

炎は左の頬の傷をなぞって「…家族から行くな、って。言われてさ…。」と小さく呟いた。

「ふぅん…。」

『なんでお見舞いにも来てくれなかったの?本当に友達じゃなくなるんだ、ってずっと思ってた。寂しかったんだよ。会いたかった。』と言えたらどんなに楽だろうか。

黄牙は本心を隠し話を続ける。

「ほら見て、この包帯ね。火傷はもうすぐ完治だよ。今の整形技術ってすごいんだよ。ほとんど元通りになったんだから。殴られた時折れた歯もほら、ちゃんと入ったよ。」

口を大きく開き炎に見せるが、気まずいのか苦笑いである。

「僕、びっくりしたんだから。補習って聞いてはいたけど、会えてうれ…。」

ズキズキと痛み出す昔の古傷。今は痛まない腕を抑えながら、自分の気持ちを押し殺そうと必死になる。

「話はそれだけ?もう用ないなら…。」

炎は黄牙の腕を掴み近くまで引き寄せる。

「生きていてくれてよかった。」

震える声で耳元で囁かれくすぐったい。感情が先走っすぐ行動する癖があるから、炎はあの事件も行動が制御できずに僕を見て腹が立って…。

黄牙は嬉しさのあまり炎の背中に腕を回し抱きしめる。今だけ、少しだけ…。

「うん。生きてるよ。お父さんと桃のおかげで酷い傷跡にならなかったのが不幸中の幸いかな。綺麗な身体に戻ったから。」

久しぶりの感覚に嬉しくて、抱きしめる力が強くなる。まだ1年しか経っていないのに身体がゴツゴツして硬い。会えない間も成長したんだと時の流れを感じる。

「…ねえ、炎。僕のこと見て。」

炎はそう言われるとじっと黄牙の顔を見つめる。青色の瞳が次第に赤く染まり意識が遠のいていく。

「おまえ俺に何し…。」

そう言うと、ぐったりと黄牙にもたれかかるように倒れる炎。

背後から拍手が聞こえ、その方向へ振り向くと高橋がニヤニヤした顔でこちらに近づいて来る。

「こいつの記憶消したのか。なんだ、お前の思い出作りかぁ?」

高橋は炎の襟を引っ張ると床に座らせてから寝かせた。

「誰かしら気がついて保健室連れてくだろ。ズラかるぞ。」

「…うん。」

黄牙はメモを大事そうに胸ポケットにしまい高橋の後についていく。二人が去って数分経った頃、見回りにきた昂先生に見つかった。

昂先生の声が聞こえるが、またゆっくり瞳を閉じて炎は深い眠りに落ちていく。


   ***


気がついたら保健室のベッドで寝ていた。気を失って1組で寝ていた所を昂先生が見つけてくれたらしい。

「あっ!炎!よかった、気がついた…。心配したんだから…。」

桃が炎の手を取り半泣きで声をかける。帰宅していたが昂先生が呼んで学校に戻ってきたと聞いて頭が上がらない。

それにしても俺、何してたんだ?何も思い出せない。頭が痛い。

頭がズキズキ痛んで声が響く。

「今日はもう遅いから車で送っていくよ。炎、立てるか?」

昂はしゃがみ炎に肩を貸すが、炎は笑いながら昂先生の背中に身体を預ける。

「おいおい、おぶるなんて俺言ってないだろ。」

「えー。昂せんせー、いけずー。俺、病人ですよ?」

昂もまんざらでもない様子でちょっぴり嬉しそう。桃は微笑ましい顔で眺めている。

「桃、すまん。車の鍵は職員室にあるから岡先生に言って持ってきてくれないか?」

「はい、わかりました。昇降口で待っててくださいね。」

桃がパタパタと職員室の方へ向かい、礼儀正しく中に入るのを見届けてから昂は立ち上がり昇降口に向かう。

炎のロッカーから靴を取り出し、桃が持ってきた鍵を昂に渡す。

「さて、帰るか!」

3人は楽しそうに車がある方へ歩き出す。

パシャ

シャッター音が校内に不穏に響いた。


   ***


「金子炎!アタシ見たのよ!5組の河野黄牙と何してたの?」

1組にギャアギャアとうるさい3組の新聞部部長が乗り込んできて、炎にしつこく付き纏うようになった。

「何だよお前…。3組戻れよ…。」

あしらっても走っても追っかけてくる。俺が誰かと話しててもお構いなしに話に割り込んでは絡んでくる。

「ちょっと金子炎!アタシの質問に答えなさい!他の奴も情報提供アタシまできなさい!」

何なんだよ、もう…。黄牙と?補習以来会ってないっつーの。

「おいおい部長さん。炎とあの陰険な河野が知り合いなわけないじゃん。」

クラスメイトが野次を飛ばす。

「そうそう!あいつキモいじゃん。せっかく5組に追いやったんだから知らない炎につきまとうなよ。」

5組に追いやった?炎は野次を飛ばすクラスメイトに話を聞いてみる。

「何なに、俺知らない!その話聞かせてよ!」

「炎くん、その話は聞かない方が…。」

委員長が制止しに割って入ってくるがクラスメイトたちがああだこうだと次々に話し出す。

炎に話すべきか?どうする?と話し合っていたが一人のクラスメイトが口を開く。

人の不幸は蜜の味、なんて言うじゃないか。

「いやぁ…河野って去年今頃この学校に転校してきたんだけど。ほら、あの身なりじゃん?可愛い、って学年で話題になって…。」

他の生徒が割り込んで話を続ける。

「今は転校して居ないんだけど、勇気ある男子が河野に告白してね、見事フラれたんだけど。フラれて悔しかったのか両腕の包帯は前の学校で暴力沙汰起こしたからとか言い出して。誰構わずたぶらかす男だ、なんて噂が広まってさ…。」

「で、一部の生徒からいじめを受けてたんだよ。それが結構悪質で…。いじめをさせない環境にするには2学年会議で5組を別棟に移すって決まったんだ。5組って頭いい奴らのクラスだから他の生徒にも悪影響だ!つって高橋先生が熱く推してた。」

…そんな事があったのか。だからこいつら少し罰が悪そうなんだな。

「5組が別棟に行ってからいじめは無くなったけど…。」

部長が間に割り込んでカメラを炎に向ける。

「誰かが言ってたわね。今まで河野黄牙をいじめてた人に謝る気があるなら5組に来い。いい事がある、って。」

「いい事?」

炎は恐る恐る聞いてみるが、生徒たちがザワつく。

「あくまで噂よ。抱きしめてくれたり何でもしてあげる、って。5組はそういう癒しのクラスだから、って。」

今まで野次を飛ばしてたクラスメイトたちが離れて行く。…あいつら…。

「誰が流した噂かまだ把握できてなくて調査中なんだけど確かに今も実しやかに流れてるわ。その後ね、最初に暴行事件の噂を流して河野黄牙を別棟送りにした子が転校したのは。彼は行って色々してもらっておかしくなったんじゃないか、ってこの学校の色恋噂よ。」

この一件から生徒たちが怖がって別棟に近寄らなくなりみなと中学校孤島の教室になった、という事らしい。

離れて行ったクラスメイトたちが顔を赤らめこちらをチラチラ見ている。そういうことか。

「ねえ、この話信憑性ない?アタシ、河野黄牙がきてからこの学校おかしくなったと思うのよ。高橋先生も岡先生とはずっと険悪な仲だけど、最近はアタシみたいな優秀な子でも暴言吐かれるようになったし。怪しくない?」

怪しいけど…その噂が本当ならあいつ誰とでも…。炎は頭を左右に振り考えるのを止める。

「その話しはもういいよ。ほら、もうすぐ授業始まるぜ?自分のクラスに戻った戻った!」

部長の背中を押し1組から追い出す。

「金子炎、明日もくるからね。覚えておきなさいよ!」

部長は走って自分のクラスとは別の方向へ走って行った。自分のクラスとは反対の方面だ。

「おい!部長、どこ行くんだよ!ったく…。」

嫌な事聞いちゃったな。こういう時に海は不在だし。あくまで噂だろ、動揺するなよ俺…。

「炎くん…。あんまり気にしないでね。噂だから噂。河野くんってこの学校きてからずっと馴染めてなくて、女の子より可愛いから男子の妬みだよ、きっと!」

委員長は励まそうと言葉を選ぶが炎からしたらどう受け取っていいのか困る返答である。

「あはは。でも、気になった事あるんだけど誰が広めたんだろうな。その…河野が…いい事してあげるって話。」

委員長は首を横に倒しうーんと考え込む。

「気がついてたら5組はそういう場所、ってイメージついちゃったからなぁ。河野くん来る前までは本当静かでいいクラスだったんだよ、5組。高橋先生は2年担当の先生の中で一番優秀って聞いたし。」

そうだったんだ…。まだ炎自身もこの学校に来て数ヶ月で先生たちの事まだまだわからないが高橋は謎のままである。職員室にほとんどおらず美術室で常務をこなしているらしいし。

「高橋先生、変わっちゃったなぁ。」

委員長は寂しそうに呟いた。黄牙が高橋に何かしているのか?


   ***


アタシはスクープが取れればその記事で嫌な思いをしようが関係ない。

それは強い奴らのことに対してよ。情報弱者に対してはアタシは強い味方なんだから!

そう、アタシは金に汚い政治家を叩きのめすのが将来の夢よ!その予行練習じゃないが、この学校の闇を暴こうとスクープを取ることに命をかけている。

2年になってから前部長に腕をかわれ異例の部長になったアタシ。

最初は2年のアタシに部長として務まるかどうか不安だったけど、同じ部で同じクラスの右腕くんが支えてくれて本当に助かってる、なんて本人の目の前では言えないけどね。

アタシには気に入らないクラスメイトがいる。去年この学校に転校してきた金子桃。アタシより成績優秀で運動神経も抜群。

金子桃が来る前まではアタシが一番クラスで頭が良く、先生に頼られる事も多かったのに最近は全部金子桃ばっかり頼られて正直つまらないわ。中嶋先生なんか新聞部顧問のくせに完全に信頼しちゃって、アタシの存在なんて忘れちゃったのかしら、ってくらい頼られなくなったわ。だから嫌いよ、彼女なんて。

誰構わずヘラヘラと笑い、クラスメイトのお願いは断れないし、来年の生徒会にも立候補するって風の噂で聞いた。顔も良くて頭もいい、おまけに運動もできる完璧人間。

他のクラスの生徒とも仲が良くて最近は1組の金子海ファンクラブメンバーと遊んでる姿を目撃するけど。って、あの子のことずっと見てるわけじゃないわよ、ネタ探しよネタ探し。

しばらく彼女の嫌な部分を探してはネタにしてきたのだけどこれと言って決定的な物が出なくてやる気を無くしていた所だったから、高橋の人格が変わって一気にそっちに興味が湧いたわ。

謎の転校生河野黄牙がきてから高橋の人格変わるって、河野黄牙が何かしたに違いないじゃない。

さっき金子炎に話した噂話は、都市伝説のようにみなと中学校2学年の間で囁かれてるわ。誰が言ったか元ネタが分からない色恋噂話も実は高橋が流して居たんじゃないかと睨んでたりするけど。アタシの勘って当たるからこの事聞いてみたいわね、本人に!

そうこう考えていたら別棟に到着し、いつものようにコソコソと2階に上がる。

ギシ…

別棟に入る時、なるべく軋まないよう床を踏むが難しい。高橋がいない時間帯を狙って毎回こうして忍び込んでいるのだけど、今回は上から見てろと言われたから正々堂々と…。でもないじゃない。

別棟は何故か床が軋むから忍び込むの大変なのよ。高橋が管理しているため、目を盗んで潜入捜査も楽じゃないんだから。

『明日別棟こい。話させてやる。』なんて言っていたけど本当か怪しい。

いつものベストポジションの別棟の2階にある旧美術室に向かう。

この教室、真下が5組なのよ。床が一部と言っても微かにだけど抜けてて良く見えるの。

会話も聞こえるし誰がいるのも分かるしアタシほんっと天才よ。

床の埃なんて気にしないで座り、カメラとノートを準備する。

でもその日はカメラの調整が上手くいかなくて小さな部品を隙間から落としてしまったのだ。アタシにしては珍しいミスを犯してしまった。

失態!!!!

幸い軽い部品なので、そんな激しい音はしなかったが…。

やばい…ついに河野黄牙にバレたか、と思ったが隙間から様子を伺うとバレていない様子だ。高橋と河野黄牙が相変わらず会話している。高橋先生、何か言えばいいのに…。

胸を撫で下ろし引き続き会話をメモし写真を撮って行く。

高橋たちが教室を出た。荷物をしまい、埃だらけのスカートをはたき階段を降りる。

念のため全方位の確認をして5組の扉を開ける。結局何も話せなかったじゃない、嘘つき!教室から出たと思った河野黄牙がいた。

机の上に座りにっこり笑顔で部品を持ちこちらを見てくる。

「…これでしょ、落とし物。」

ば、バレてた!

「…か、返しなさいっ!何よ、気がついてるならこっち見なさいよ!」

無理やり河野黄牙の手から部品を取り返そうとするが中々奪えない。奪おうと力みすぎて床に座り込んでしまった。彼は立ち上がり部品を部長に差し出す。

「あははっ。僕が気づいてないとでも思ってた?甘いなぁ。詰めが甘いよ、部長さん。隠れて見てるのもずーっと知ってたよ。」

彼は床に同じように座り、アタシの耳元で囁く。

「ひ、卑怯者!」

部品を雑に奪い、素早く後退りする。囁かれた耳が赤く熱を持っているのか熱い。

「ね、僕と話したいんでしょ?」

綺麗な青い瞳の中にアタシが映る。その瞳は近づいて来てアタシの前髪をたくしあげた。

「部長の目、キレイな色だね。隠しちゃうの勿体無い。」

ああ、綺麗な顔。長いまつ毛。オレンジ色の髪の毛が風に揺れて、甘い匂いが鼻をつく。

…こんなことしてるから校内中で誑かしなんて言われて噂されてるのか。男女構わず誘惑してる、って噂通りの男じゃないか。

「…ほんと、誰にでもこういうことするのね。」

河野黄牙はキョトンとした顔で「何を?」と聞いてくる。

「好きでもない相手にこういう…。」

そう質問すると、河野黄牙はにっこり笑ってからうーんと一度考えてから「好きだよ、部長のこと。」と、屈託なく笑ってアタシの腕に抱きつく。

ゾゾゾーッ

「ねえ、独占取材だよ、僕のこと欲しくない?何でも教えてあげるよ?」

身体を密着させる力が強くなり、押し倒される。恥ずかしくなって顔を背けるが中々逃げ出せない。

「ち、ちょっと…アナタ…アタシに手を出したら…。」

河野黄牙の瞳が赤く光ってさっきより幻想的で綺麗。次第に頭がグラグラして何も考えられなくなる。どうして今5組にいて河野黄牙と話して…どうして…。

「部長、僕たちの事たくさん記事にして書いていいよ。5組の専属取材、していいよ。」

赤く熱をもった耳元にまた囁かれ、思考回路がおかしくなりそうだ!

「部長、僕の目を見て。」

そう言われて、河野黄牙の目を見つめる。先ほどより悲しそうな顔…でもとっても綺麗で…。

「明日またここにおいで。待ってるね。」

遠い意識の中で河野黄牙と何を話していたのか、まったく思い出せない。

彼の髪の毛が頬に当たってくすぐったい。冷たい指先になぞられて次第に意識は遠のいていった。


   ***


気がついたら本棟の新聞部部室の椅子に座っていた。どうやって帰って来たのかわからないけど、手に紙切れが握らされており読むと岡先生の過去が書かれていた。

「あっ!部長!授業サボってどこ行ってたんですか?」

同じ3組の男子部員が駆け寄ってきた。アタシの右腕よ。同い年で同じクラスだと言うのに敬語な彼だけど。

「ああ…アタシ、5組の取材を…。」

紙切れを制服のポケットに隠し、痛む頭を抑えて立ち上がる。

「また5組にお熱っすか!聞いてください、スクープですよ!部長が授業ふけた6時間目で!1組で暴動事件あったんですよ!」

右腕くんがワクワクとした感情でカメラとノートを準備して、ぼーっとするアタシの顔に手を振る。

「また高橋先生の美術の時間で…って、部長聞いてます?」

そうだ、アタシ5組の取材できるんだった!そうだ、黄牙くんにも好きだなんて言われてアタシ!!

「行くわよ、取材!」

抑えられない衝動に、スクープを早く物にしたくて次第に我を失っていくのだった。

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