第2話
「おい、金子炎。いつまで飯食ってんだぁ?」
2年1組、ただいま二限目美術の時間。
担当の高橋徹が早弁をする炎の首根っこを掴む。
「うっ…。た、高橋…。いやぁ、今日朝ご飯食べれなくて遅刻ギリギリだったじゃないですか。見逃して…。」
「お前はいつまで高橋『先生』って付けないんだぁ?あぁ?飯は飯の時間に食え。」
高橋は炎を睨み付けるが炎も負けじと動じない。
「そもそも、俺の授業で早弁なんていい度胸なんだよ。あ?」
そのやりとりを海は見つめため息をついている。
キーンコーンカーンコーン…
授業が終わるチャイムが鳴り響き、委員長が号令をかけると同時に生徒は一斉に動き出した。
「チッ。終わりかよ。仕方ねーな。」
高橋は炎の首根っこから手を離すとニヤリと笑い付け足して伝えた。
「おい、炎。お前今日補習。授業態度が悪い自分を呪え。放課後、5組に来い。必ずだ。」
高橋はそう言うと1組から出て行った。
取り残された炎は自分の席で参考書を読んでいる海を見つけ走って寄っていく。
「ええ〜ん!か〜い〜!先生の暴力反対〜!補習になっちゃったぁ!」
シッシッと手を横に振りながら海は炎をあしらいにっこりと笑顔で
「ウザいので近寄らないでくださいね。」
とだけ伝える。
「うわぁ!海ひどいっ!」
海ファンクラブの女子たちが目を光らせて睨んでいるので彼女たちに目を合わせ何となくジェスチャーで謝る炎。
「…炎さん。いつまでそんなことやってるんですか。桃さんに話しに行ってきなさいよ。」
思い出したかのようにあっと声を上げ高橋に掴まれた襟元を直し
「そーだった!海サンキュー!3組行って来る!」
大きな海のため息を背中で聞きながら教室を出る。
5組は別棟にあるのだが、高橋が管理しているらしく潜入するのは何かしらの用事がないと中々入れないのである。
別棟には5組、旧音楽室、旧美術室がある。元々使っていた校舎だが長年使用されずあちこち傷んでいる。授業に集中したい、とかで5組だけ静かな別棟に移されたとか。5組はクラス替えがなく固定メンバーで3年過ごす。生徒の変動がない、が、定時制で登校自由のためほとんどが登校せずにいるためほとんどガラガラだ。
そんなクラスだが、唯一毎日登校している生徒がいる。放課後以降もクラスで高橋と何やら怪しい事をしている?と他の生徒が噂していた。
3組の扉を開け名を呼ぶ。
「もーもー!廊下!」
3組の生徒達は「炎が来たぞー。」と桃をからかっている。
幼馴染の金子桃。この学校に一緒に転校してきた彼女は転入初日からクラスの人気者だ。桃が女生徒との話を中断して廊下に出てきた。
男子たちからニヤニヤされながら桃が教室から出てきた。
「もう…。わたしと炎が付き合ってるんじゃないか、ってまた噂になっちゃうわよ…。」
笑顔で手を振る炎を見ながら微かに桃の頬は赤らんだ。…いつか炎がわたしの彼氏になる時なんてくるのかな…。そう考えて一気に顔が熱くなる。
「ん?桃?どうした、顔赤い。」
「なっ、何でもないわよっ!そういえば、さっきの授業美術だったでしょ?また炎のせいで授業最後潰れたって聞いたわよ。」
1組の方を見ると委員長がベーッと舌を出し他のクラスに言いふらしてる。
あいつ、海に良く見られたくて委員長に自ら立候補したんだっけ。どこが委員長だよったく!
「朝ご飯食べられなかったからあいつの授業ならいいかなー…って。あはは。」
炎は高橋に言ったことそのまま伝えると、桃は呆れたような顔で大きくため息をつく。
「もう!今後は気をつけなさいよ。」
はぁい…と炎の小さな声が聞こえる。お調子者にはたまには叱らないと。それは置いておいて!と炎はパッと顔を上げジェスチャーする。
「放課後、補習になって5組行ってくる。…黄牙に会えるかな。」
その言葉を聞いた桃の表情が一瞬にして固くなる。
「5組…行くんだ。そっか。」
「…桃も一緒に…。」と言いかけて桃がブンブンと首を大きく左右に振った。
「ううんっ!わたしはいい。まだ少し不安で…。」
俯く彼女の肩を撫でようとした時、背後から賑やかな声が聞こえてくる。
「炎はんっ!わいも補習やで!一緒に行こうや!」
桃の背後からひょっこり現れたのは金子緑。最近この学校に転校してきた関西人。
桃と同じクラスで転校初日で大人気になったスターだ。なんてったって常にたこ焼き食べてて、常に作ってくれるし俺にとっても救世主!すぐ仲良くなったぜ!料理部でたこ焼き以外も上手らしい。
関西の人ってみんなこんな派手なのか?彼がこの中学校にきてからまた一段と明るくなった気がする。
「おおっ!緑も一緒か!持つべきものは補習仲間だよなー。」
「なー!」
二人はニッコニコで顔を見合わせる様子を見ながら、桃が不安そうな顔で2人を眺める。
「炎、頼んだからね。」
…多分聞こえてない。2人は仲良く談笑している。緑のオーラに惹かれるのか、いつの間にか周りに人が集まっている。
「2人とも、これを機にちゃんと勉強しなさいよね。」
優等生桃の言葉なんか聞いていない2人。いつ作ったのか不明だが、たこ焼きを炎に食べさせる緑。
相変わらず美味しそうに食べるものだから緑は嬉しそうに目を輝かす。他の生徒たちも食べたい食べたい!とラブコール。…いつの間にか3組に長い行列ができたこ焼き屋さんへと変わってしまった。…次の3組の授業、音楽じゃなかったっけ?小澤先生に叱られる未来を想像しながら、ズキズキと痛む頭を抑える桃であった。
***
「なんやこの別棟っちゅーとこは。薄暗くて同じ学校とは思えへんな。」
ほとんど生徒たちは足を踏み入れないのでどんな雰囲気かわからかったが怖い。とにかく怖い。木造だからなのか、薄暗くお化けが出そうな雰囲気。
ほとんど足を踏み入れないので(むしろ今回が初めてかもしれない。)分からなかったが本当に怖い。
薄暗く電気通ってるのか?と疑うくらい暗い。何回も言いたい。
ギシ…
「(炎・緑)ヒィィィィィ!!!!!」
床が鳴る音でさえ恐怖で、緑と抱きつきながら5組を目指す。ホラーゲームの中に自分が入った感覚だ。
「炎はん…怖すぎやでぇ。もっとひっついて…ギャー!」
緑は俺より怖がりか?鏡に映る自分にまでビビってる。
「おいおい…。あ、ついた。」
5組だ。事件後会う事なく別れたので1年以上か…。電気がついてるが中から物音はしない。本当に居たら…。
ガラッ
「失礼しまーす!金子緑、1組の炎はん、到着したでー!美術の補習に来ましたっ!」
ああああ!ばか緑!心の準備が…!
緑は電気が付いて明るくなって安心したのか、いつもの感じで明るく挨拶をする。
ビシッと敬礼する緑を見て驚いたのか、読んでいた本を落とし足を組み座る男子生徒と目が合う。
唯一登校している5組の天才男子学生、ついに見つけた!
彼は一瞬ビクッと身体を震わせたがすぐ冷静に戻る。
「なんや、居るんやんか。返事してくれなぁ。」
足を崩し、落とした本を拾い立ち上がる。その男子生徒はオレンジ色の髪の毛で背は小さい。両腕に包帯を巻きこちらを見ている。
「……ごめんなさい。ここ、クラスの人以外立ち寄らないからびっくりしちゃった。補習?」
男子生徒は首を傾げ緑に質問する。
「せやねん。高橋に言われてここきたんやけど。先生来るまで居てええか?」
そうなんだ、と男子生徒はつぶやきに荷物を持って炎の横を通り過ぎる。
「僕、もう帰るから。席、どこでも使っていいよ。」
「おおきに!」
彼はにっこり穏やかに笑って教室を出ていく。
「なんや、5組にあんな生徒おったんやな。お言葉に甘えて高橋先生待とうやないか。」
緑が炎の方に振り向くと泣いているではないか。ええっ!と大声を出す。
「炎はんっ?!どうしたんや?な、何があったんや!」
炎はポロポロと涙を流し立ち尽くしている。
涙が止まらない。顔、身体、声、匂い…。生きていてくれただけで嬉しいんだ。
あたふたする緑を尻目に子供みたいに泣いてしまった。
「なんやてーーーー?!そんな事があったんかいな…。」
5組を出て、本棟に戻り保健室に行く。青山先生は職員会議で居ないため留守を任されたついでに緑にこれまでの経緯を包み隠さず話す。
ここに来る前に話せばよかった、と胸が痛む。
「仲良くなったばかりなのに…こんな話しごめん。実はあいつとは幼馴染で。あいつを追ってこの学校に来たんだ。俺本当はものすごいクズで…。急にごめん、びっくりさせたよな。」
緑は勢いよく顔を左右に振る。
「気にせんでええて!炎はんがそんな性格じゃなかったらこの学校に来ることもなくわいとも出会えなかった!って考えたらプラス思考やでっ!今はしっかり相手をこんなにも考え思いやれる優しい心があるさかい。もう泣かんと〜!これからはわいも協力するさかい!何でも言ってや!」
ブワッとまた涙が溢れる。なんていい子なんだろう。
補習のことなど忘れて二人は外が暗くなるまでお互いの身の上話をした。
***
河野黄牙は5組を出て2階にある旧美術室に向かう。
2人には帰ると伝えたがこの別棟に借りている部屋があるため念の為2人が別棟を出たら部屋にいくつもりだった。
それにしても。なんで炎がこの学校に?!
まだ心臓が高鳴りドキドキが止まらない。…炎の顔見れなかった。
旧美術室の真下は5組のため、慎重に歩き窓を開ける、と、丁度くらいで別棟を出ていく2人が見えた。
「…そっか。動揺したのは炎もか。」
懐かしい顔だった。僕を追ってここまで来たんだ。
窓際から2人を眺めながらぼんやり昔のことを思い出す。
…次は僕から会いに行ってあげようか…。
そういえば、何で高橋来なかったんだろ。
補習するって話は聞いてたのに。まさか、鉢合わせさせるため?僕を動揺させるため?
高橋を変えたのは僕だというのに。
制服の上着を肩にかけ5組に戻る。もう電気は消され誰も居なかった。が、一枚小さなメモが机の上に置いてあった。
『週末の金曜日の放課後、二人だけで話がしたい。炎』
…どこに行けばいいのか書いてないじゃん。
本棟に行くのは気が引けるが迎えに行ってあげようか。
メモを手に取り抱きしめる。
久しぶりの彼の匂いに胸がドキドキした。
***
炎だけじゃ不自然かと思い、同じくバカな緑を補習として5組に呼んだが成功したんだろうか?
いつも上から指示するだけして俺の生徒を使ってさ。
たまには動揺してみろってんだ。
授業が終わった美術室に一人、高橋は居た。
ここは美術室準備室は彼の唯一の癒しの空間で職員室にいるよりここに居る方が長い。
学校全体禁煙であるがお構いなしにタバコを蒸す。
本棟の美術室は綺麗で画材も揃っているから好きなだけ絵が描けるこの幸せよ。
描きかけの油絵のモデルは娘だ。
灰皿に大量に入った吸い殻を見て処理をどうするか頭を抱える。
…青山先生にまた内緒で捨ててもらうか。
吸い殻を袋に入れ職員室に向かう。
ここからちょうど別棟の5組の様子見えるんだよな、と小窓からチラッと眺める。
もう電気は消され誰も居ない様子だ。
「あいつら、普通に補習サボったな。」
だるそうに頭を掻きながら階段を降り、脚で職員室の扉を開けると女性職員と目が合う。
「高橋先生、タバコ臭いですよ。ちなみにわかってます?禁煙ですよ、この学校。」
鼻を摘み嫌そうな顔をしているこの女性職員は森先生。英語担当で2組の担任だ。
森は米村と高橋を見ながら「嫌よね〜。子供に悪影響よ」とかそんな話をしてるんだろう。
「ケッ。」
大柄な態度で自分の席に座る。
机には国民的キャラクター、猫の形をしたロボットのフィギュアが置いてある。
毎回何で俺の席に置いてあるか謎だ。
ダサいキャラクターだな…。と思いながら机の中に閉まっていく。
補習用のテストを作るためノートパソコンを開く。メールが一通届いていた。
開こうとマウスを動かそうとした時だ、背後から岡が話しかける。隣には学年主任の金子昂も一緒だ。
「高橋先生、ちょっといいですか?」
校長室に呼ばれ重たい空気が流れる。
「何ですか?タバコの件なら謝りますよ。はいはい、すんません。」
とりあえず謝っておこうと頭を下げる。
「…最近、生徒に不人気ですね。前まではどちらかというと優しい先生で男子生徒とキックベースよく遊んでたじゃないですか。どうしたんですか?」
外の景色を見ながら岡が質問する。高橋は一切顔色を変えない。
「どうしたと言われましても。俺のやり方に生徒が着いて来れなくなったのではないですか?遊びは最近足を怪我しましてね、もう歳も歳なので。」
嘘の言い訳を言ってみる。二人とも特に言及してこない。何で金子昂もここにいるんだよ。バレたんじゃなさそうだが。
「…私が河野先生に頼まれていた生徒…黄牙くんは今どこに住んでるのですか?学校の寮には居ないみたいですが。」
チッ。危ない、危ない。バレたら俺の計画が台無しだ。しっかり答えないと怪しまれる。
「彼なら私が用意した家に住んでます。俺も近くに住んでるので安心してくださいよ。俺が責任持って卒業させますから。」
岡は「そうですか…。へぇ…。」と小さな声を漏らし答えている。
「5組が別棟に移動してから不穏といいますか。5組の生徒が暴れる事が増えた件は河野くんが関係していますか…?」
岡は勘が良すぎる。本当ムカつく存在だ。あいつは俺の物だ。渡すわけにゃいかねぇ。
「まさか!たまたまでは?彼、5組のアイドルみたいな存在ですから。妬んでるんでしょう。3組の新聞部部長もウロウロしてますがそろそろ注意してもらえると助かりますよ。失礼。」
「あっ!ちょっと先生…!」
静止されたが校長室を後にする。
そうだ、確かメールが届いてたんだ。確認して補習プリント作って…怠いな。
背後から昂が高橋の肩を叩き、フィギュアを見せる。
「高橋先生、ちょっと待って!今あなたの机周りにあるキャラクターの名前わかります?去年の夏休み前にもらったフィギュア今でも大切にしてますよ。」
昂が意味がわからない質問をしている。そんなのわかるだろ。
…ん?国民的人気キャラクター?名前はわからない。
「俺、アニメ観ないから分からねーよ。お前にあげたっけか?忘れたな。生徒が持ってきたのを没収したんじゃないか?そうなら返しておいてくれ。」
職員室を後にする高橋。昂は頭を悩ませる。
知らないわけない、あんなに好きで先生や生徒にも関連グッズを渡していたくらい好きだったキャラクターだぞ?
今まであんなに仲がよかった昂とも、最近は全く口も聞かず無視をしている状況だ。
中1の夏休み以降から人が変わったように性格がきつくなった。それはちょうど河野黄牙が転校してきて高橋先生が世話をするようになってからだ。
河野に何かしらの力があって高橋先生が洗脳されている?
いやそんなまさか。そんな事あるのか?
でも世の中にはマインドコントロールなんてものも存在する位だよな。
何にしてもまだどんな形であれ尻尾が掴めない以上探るしかないな。新聞部の新聞を読むか部長に直接話を聞くか…いや、それは駄目だな。俺たち先生が聞いたら不審がるし信憑性増すだけだよなぁ。
そうか!炎たちを頼ってみるか。幼馴染だもんな。あいつらなら気軽に連絡取り合えるしそうしよう!
明日潜入捜査を内密に頼むしかないな。あいつならやれそうだ。
いい案を思いついた昂はそのままその考えを岡に伝える。
「昂くん。それいい案だ!明日炎と海、3組の桃と緑に話をしてみよう。彼らなら近いし何か分かりそうだ。新聞部には内密にな。彼女たちにバレると大変だ。」
そうですね…と頷きながら校長室に戻っていった。
その光景を怪しく見つめる人物がいた事も知らずに。
***
別棟入り口付近をウロウロする新聞部部長を見つけた。
「おい、お前新聞部の…。」
高橋は口にタバコを咥えたまま新聞部部長の名前を呼ぶ。彼女はビクッと身体を硬らせこちらをじっと睨んだ。
「高橋先生。メール、読んでくれました?」
そういえば、メール確認しようと思ってたけど色々あって忘れてた…。タバコを持っていた灰皿に入れエプロンにしまう。
「お前か。メールの差出人。」
「先生のアドレス入手大変だったんですよ、小澤先生が…。」
高橋は部長の胸ぐらを掴み「最近お前らウロウロして目障りだ。何を嗅ぎ回ってる。」と赤い瞳で部長を見つめる。
「せ…先生。あの…痛い…。」
ギリギリ床に足が届いている。高橋の赤い瞳に頭が痛む。
「まぁいい。俺に直接やり合おうなんていい度胸だ。明日いつも通り別棟こい。あいつと話させてやるよ。」
顔を真っ赤にさせ睨む部長を投げ飛ばし、またタバコをふかし始めた。
「ゴホッ!はぁっ…はぁ…。あなた…先生じゃないわ、誰なのよ。」
床に座り込み、首に食い込んだ胸元を直す。
「はぁっ…ん…はぁ…はぁ…。高橋先生、あなた一体…。」
高橋は部長を見下ろしこう言った。
「俺は俺だ。お前に関係ない。いいか、明日こい。今すぐ立ち去れ!」
そう言うと部長は散らばった荷物を抱え立ち去って行く。
「俺は俺だ。」
エプロンのポケットの中に手を入れると猫のロボットフィギュアが出てきた。こんなの知らない。
フィギュアを投げ捨て踏みつけた。
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