◇8 【過去】二人の痛み

「ルーク様が消えたっていうのは本当なの?」


 その知らせを受けたフィオネは文字通り飛ぶようにセプタン王国にやってきた。彼女が歩くたびに腰まである長い髪が、ふわふわ、ふわふわと揺れた。フィオネはヒールではなくぺたんこの靴を履いて、人形のような白い肌には汗の粒が浮いていた。それだけ急いでやってきたのだろう。


「ねえ、ルーク様が消えたっていうのは本当なの?」


 鈴のようなかわいらしい声ではなく、焦りが滲んだ必死な声だった。


「答えてよ、テセウス」


 フィオネの体がぐらりと揺れた。──そのまま、フィオネはしゃがみ込む。「フィオネ様」と慌てて駆け寄って手を差し出すが、フィオネは立ち上がらない。フィオネはテセウスの手を取るのではなく、その白い手で自分の顔を覆った。


「なんで、なんでよぉ……!」


 指の隙間からぽろりと宝石のような粒が零れ落ちた。続けてその粒はボロボロと零れ落ちる。──宝石は、涙だった。

 その水滴がフィオネの綺麗なドレスに沁みこむ。

 うわぁぁん、とフィオネは子どものように泣いた。


 その様子を見て、完璧に美しいこの人もただの人なのだと気付いた。





 

 テセウスはずっと手を差し出していた。

 その手が取られることがなくても。




「僕も分からないんです」

 

 用意されたベッドの上で、フィオネは体を横たえていた。その近くの椅子に座ったテセウスはぽつりと呟いた。


 「僕も、兄さんが何で消えたのか全く分からない」

 

 フィオネの涙にぬれた睫毛がばさばさと上下に動く。そのたびに光の粒が散った。

 フィオネの視線につられてテセウスも窓の外を見た。橙色の夕日が庭園を染め上げていた。いつか見た美しい光景はもう無くなってしまった。


「約束したのに」


 フィオネは独り言を言った。


「ずるいよ、ルーク様……」


 悲しんでいるフィオネを見て、テセウスの胸の内から押さえていた感情が溢れ出しそうになった。一国の王子として、泣き言なんて言わないようにしてきた。──兄の前以外では。

 でも、今、ここでだけ言ってもいいだろうか。


「兄さん、勝手に僕を置いてくなよ。──寂しいよ」


 うん、と相槌のような、鼻を啜るような音が隣からした。

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