◇9 【過去】誓いのような約束のような
しばらく経って、テセウスはフィオネをこう誘った。
「少し歩きませんか?」
「……はい」
フィオネはこくりと首を縦に動かす。それを確認してテセウスは立ち上がった。
向かう先は──兄の部屋だ。
フィオネがいた客室から少し歩くと兄の部屋がある。ドアを開けて、フィオネを部屋の中に入れると「何もない……」と彼女は呟いた。机の上はからっぽ。ベッドは綺麗に整えられている。
それがとても寂しかった。寒気がして、肩を震わせる。
ルークが城を自発的に出た──と言われているのはこれが原因だった。第一王子ともなれば、命を狙うものが多い。最初は真っ先に「ルークは暗殺されたのではないか」と疑うのが当然だ。
しかし、部屋には暴れたあともなければ、争った声を聞いたという人もいない。それに、ルークはおそらく──国で一番と言ってもいいほどの剣の使い手だった。
この部屋で唯一残っているのは本棚の本だ。フィオネは本棚の傍に立って、しばらく眺めていた。
「勉強熱心だったのですね」
本棚には地理書、歴史書、それから戦術の本、外国の歴史書まで並んでいる。手に取って開いてみればペンで書きこんでいる跡がある。
テセウスはフィオネから離れて、机の引き出しを開けてみた。中には取るに足らないものばかり。書類だとか、筆記用具だとか。
そもそも彼はこの部屋にいることが少なかったとテセウスは思う。何処をほっつき歩いているのか、フラフラしていた姿ばかりが印象的だ。
「ルーク様が消えた理由を考えませんか?」
フィオネの声でハッと現実に意識が戻る。フィオネはエメラルド色の瞳に意思を込めて、こちらを見つめていた。
「僕たちで?」
「ええ、こんなにもルーク様を愛している人はいないでしょう?」
慈愛に満ちた表情でフィオネが微笑んだ。兄のことを愛していること、それを人から認められたことがとても嬉しかった。そして、目の前の少女との連帯感が芽生えていることに気付いた。
この人は強い──テセウスはそう思った。そして、強く頷く。
「僕たちで真実を突き止めましょう」
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