038-慈悲と勇気

ヤベエ。

アルゴの頭の中は、それで占められていた。

三千万MSCの修理費を稼ぐため、安い船で高い依頼ばかり受けていたのかあだになったと。


『避けるのが上手いな!』

「そりゃ....どうも」


アルゴの船は、追跡船四隻の砲撃を躱しながら飛んでいた。

ワープドライブが故障してワープできなくなったアルゴの船は、このまま逃げきれなければ掴まる運命にあった。

右エンジンの調子が悪く、整備不良による異常が起きていると思われた。


「お前ら、慈悲ってもんはねえのかよ!?」

『悪いなァ、それならさっき売っちまったぜ!

『ぎゃはははは!!』


アルゴの船にはシールドが無く、海賊の持つ火力であれば一瞬でハチの巣にされている。

だが、アルゴも伊達ではなく、持ち前の操縦技術で回避を続けていた。


『それで、いくらで売れたか聞きたいかよ?』

『企業秘密だけどな!』


海賊たちは余裕そうに通信を垂れ流す。

だが、その射撃が止むことはない。

アルゴの船は一撃でも喰らえば気密が保てなくなり、ジリ貧がさらに加速してしまう。


『俺はちょーっと、思うんだがよォ、お前はもう少し勇気を買ったほうがいいぞ』

『逃げてばかりじゃつまらないからなぁ!』

「(調子いいことばっかりいいやって...)」


アルゴに向かって放たれたミサイルを、二門のガトリング砲が撃墜する。

自動追尾なので照準の必要はないが、実体弾であるために尽きればおしまいだ。

現在の速度ではミサイルを振り切れない。


「クソっ!」


アルゴは急旋回し、海賊たちの船の頭上を通り過ぎようとする。

だが、それを見た海賊のリーダーは笑った。


『バカめ! 網を放て!』


海賊艦から放たれたミサイルが、旋回で速度の落ちたアルゴの船に迫る。


「くそぉ!!」


アルゴはそれを撃墜しようとするが、直後ミサイルが爆ぜ、中から大量のボールが飛び出した。

そのボールはアルゴの船の船体装甲を貫く......ことはせず、アルゴの船を覆う。

直後、ボール同士がエネルギーの網を形成し、重力でその場に固定される。


「しまった!」

『袋のネズミ、だな?』

『買った勇気が粗悪品だったみたいだな!』

『死ね』


砲塔がアルゴの船を向き、アルゴが死を覚悟したその時。

海賊を、電磁嵐が襲った。


『な、なんだ!? くそ、センサーがロックできない...!』

『ちょっとお聞きしたいのだが』


混乱する通信に、聞きなれない声が混じる。

直後、海賊のレーダー機器に艦影が映った。


『慈悲を売って勇気を買いたいのだが、どこで売買しているのかな?』

「カル!」

『な、なんだお前は!』

「カル・クロカワ...しがない傭兵だよ」


通信に、マスクをつけた人影が映った。

海賊たちはその異様な出で立ちに一瞬硬直するが、すぐに笑い出した。


『ぶわははははははは! なんだその変な仮面は!』

『顔に傷でもあるのかよ? 情けねえなぁ、そういうのは見せるもんだぜ!』


海賊艦から先程の網が放たれる。

それは通常通りの働きをして、アドアステラを包囲する。


『ホラ、動けねぇだろう?』

『かっちょいい船だな、落とすのが勿体無いぜ...』


海賊艦による砲撃が始まるが、アドアステラのシールドは無事だ。

そして...


『船を褒めてくれてありがとう、仮面の件は不問にしてあげよう』


アドアステラが衝撃波を放ち、周囲のボールを一斉に無力化する。

同時に、砲塔が一斉に静止している船を狙い撃つ。

シールドなど一瞬で剥げ、その船は高出力のレーザーによって機関部に被弾、爆発轟沈した。


『お、親分! たすけ――――』

『テメエ...!』


海賊艦は一斉に動き出し、三隻でアドアステラを囲む。

だが、アドアステラの姿は消え去り、少し遠くに出現する。


『逃すか!』

『別に誰も、逃げるなどとは言っていないだろう?』


アドアステラのMSDが起動し、アドアステラは亜光速で海賊たちに迫る。

すれ違うその一瞬に、カルは砲撃を置いた・・・


『では、アデュー』

『うわあああああっ――――』


また一隻が沈む。

リーダーはその時点で、負けを確信し逃げようとする。

だが、アドアステラにワープ妨害を掛けられ、機関に異常をきたした。


『逃げるな、海賊よ。殺す側なら、殺される覚悟は常にしておかなければな』


ファイスとアリアに奇妙な目で見られながら、カルは幸福の絶頂にいた。

お兄ちゃんの台詞をそっくりそのまま相手に叩きつけてやれたと。

直後にアドアステラからスマートミサイルが放たれ、フラグメント弾頭によりシールドを削り取る。


『い、嫌だ! 待て、死にたくない!』

『悪いが』


砲塔がそれぞれ二隻を射角に入れる。


『俺は売る慈悲もないんでな、アデュー』

『クソ、クソォォォォ!!』


爆散する海賊艦を尻目に、カルは通信を繋ぐ。


『大丈夫か、アルゴ』

『あ、ああ...助かったぜ...』


アルゴは頭を掻いて、ため息を吐いた。

彼の船は故障箇所が多く、長くは航行できない。


『悪いが、お前の船に乗せてくれないか…? この船はもうダメだ』

『構わないが、その船はどうする?』

『私物は…しょうがないとして積荷は…その、ちょっとヤバいんだ。依頼料は払うから!』

『……仕方ないな』


ヤバい組織に絡まれてそうだけど、その分報酬は美味しそうだ。

こいつと折半すればいい、とカルは判断したのであった。

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