026-ガゼラークⅣ

「そんなっ!」


TRINITY.のオルトス支部で、一人の男が叫んだ。

その男の名は、クリストフ・アーリバル。

騎士爵を持つ、貴族の端くれである。


「エリスが攫われたというのは本当ですか、アトゥ殿!」

「ええ、実に残念です...Ve‘zという、我々でも全く未知の存在に連れ去られたのですよ...」


アトゥは至極残念そうな顔をする。

クリストフはしばらく考えたのち、目を開けた。


「...とにかく、私は一度彼女の故郷へ戻ります。両親に伝えないと」

「ええ、是非そうしてください」


クリストフが去った監査役の執務室で、アトゥはニヤリと笑う。


「彼女がいなくなったことで、功績を挙げられなかった彼女は事実上の解任。不正を検挙した俺はこんなカビ臭い王国から脱却できる」


アトゥの目的は、TRINITY.で上位に上り詰めること。

金、女、富、そして圧倒的で絶対的な権力、TRINITY.の艦隊しか持たない強力な武器。


「それらを手にし、俺は全ての頂点へと上り詰めるのだ!」


彼の夢は、そんなものであった。

だが、今やTRINITY.とはそんなもの。

上面だけが良い、腐った警察組織なのだ。







「本当に凄いわね...」

「僕もそう思うよ」


エリスの故郷、ガゼラーク星系は、オルトスでも辺境地域だ。

治安も当然悪いが、ここを管理しているガゼル辺境伯の統治体制が盤石らしく、惑星表面でヤンチャをする人間はいないようだ。

そんな場所に所要時間3時間程度で到着し、なおかつ地元の海賊に絡まれることなく到着できるのは稀らしい。


「領主様の定期便は安全だけれど、高いのよ」

「なるほどな」


エリスは私生活にほとんど物を使わない人だったようで、ここにくる途中で口座から電子マネー...のようなものであるMSC(Majesty Secure Credits)を下ろしていたが、物凄い額だった。

危険手当もその分多かったのだろう、職業柄。


「では、惑星に降りるぞ」

「そのままじゃ目立っちゃうわよ?」

「大丈夫」


僕はクローンに意識を入れ替え、別のクローン体で彼女の前に姿を現す。


「それは...随分変わったわね?」

「そうだな」


髪色だけは変えられなかったが、ショートヘアで大人体型のクローンを使い、目の色はカラーコンタクトのようなもので変えた。

これで、地元を観光できるはずだ。


「ニューと呼んでくれ」

「...わかったわ、ニュー」


僕の名前はアラタだから、Newという意味でニューにした。

僕とエリスは、通常艦に偽装した船で惑星へと降りる。

前回は回収艦が来たが、今回は僕が直接惑星に降りないと、テレポートができない。

エリスは艦内の密封したスペースに入ってもらって、入管をかわす予定だ。


『そちらの船、所属と名前を明かしたまえ』

「こちらKZ-027、オルトス国立商業組合所属、ニュー、ガゼラークⅣへの降下を求める!」

『データベースを確認する』


その瞬間、僕は神経接続でネットワークに割り込み、通信の参照先を書き換えて嘘のデータベースを起動させる。


『確認が取れた、ニュー殿。ガゼラークⅣはあなたを歓迎する』

「感謝します」


僕は船を降下軌道へと転じさせる。

ボロ船に見えるが、腐ってもVe‘z艦なので大気圏突入くらいではびくともしない。

50秒ほどで地表近くにまで到達し、慣性制御を最大にして減速する。


「もうすぐ、だな」


幸にして、降りてからは特に制限がないようで、僕は宇宙船を小型船舶入港スペースに止め、封を剥がしてエリスを外に出す。


「ちょっと息苦しかったかも」

「すまない、こうするしかなかったから」


今回はたまたま無審査だったが、内見されたら危ない。


「ここの近くか?」

「いいえ? かなり田舎だから...」

「送っていこう」


僕は宇宙船を再度発進させる。

エリスの指し示す場所へと、数十分移動すると森が見えてきた。


「未開拓領域なのか?」

「ええ、所謂田舎ね...」


彼女の言葉通り、一時間ほど飛ぶと街が見えてきた。

森の中の窪地に造られた、荒削りな印象を受ける都市だ。


「船の発着スペースはあるか?」

「どうだったかしら...故郷を離れた時はなかったわ」

「では、その辺に下ろすぞ」


僕らを乗せた船は、街中の適当な空き地へと着陸したのであった。

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