134-秘匿された不信

作戦当日。

俺はゲブラー、ケセドと共に、アザトースのブリッジに上がった。


「潜航開始」

『了解』


プロセスを繰り返し、アザトースは虚数空間に入り込む。

虚数空間を航行するのは非常に難しい。

何故ならば、そこには無が在って、そして無いという場所だからだ。

だからこそ虚数演算を駆使して、虚数という高密度かつ低密度の水の中を航行する必要があった。

この空間では、ありとあらゆる現象が起こり得ない。

何故なら、時間軸から切り離された場所であるからである。

生身のまま外に出ても、死ぬことは無い。

死ぬ現象そのものが、止まったまま動かないからだ。


「確かこの空間内では、通常兵器は使えないんだったな」

『はい。唯一、魚雷のみが使用可能です』


この空間内部は、エネルギーの存在しない無である。

もしこの空間内でエネルギー兵器を使えば、二つの末路が見えてくる。

空間全体にエネルギーの誘爆が発生するか、それかエネルギー兵器から漏れたエネルギーが周囲に無限に波及し、機関が停止するまでエネルギーを吸われるかのどちらかだ。


『では、最高速度で目標地点まで移動します』

「任せる」


この船のいいところは、潜水艦とは違い速度が出せて、尚且つ位置がばれる心配をしなくてもいいところだ。

Noa-Tunからのトラッキングを受けながら、アザトースは航行を続け...地下牢があると思われる座標の真下に辿り着いた。

ニュートリノスキャンによれば穴の大きさはビル二階分程度。

慎重に顔を出さないと、衝撃で気付かれる可能性が上がる。


『次元結節点を形成します...抵抗値1%より開始』


この艦の全体の大きさが馬鹿でかいのは、虚数演算システムとオーロラのローカルシステム...つまり、本体と分離しての状態専用のサブコンピュータが幅を取っているからである。

それ程高度な演算を必要とするのだ、次元を操るのは。

だが、これらを突き詰めていけば、いずれは元の世界に戻れる術に辿り着けるかもしれないな。


『抵抗値92%、安定値に入りました。浮上します、余剰次元バラスト放出』

「よし、ケセド。ついてこい、ゲブラーは待機!」


俺は外に繋がるハッチの前で待機する。


『外部との時間解釈を同期。ハッチ解放します』

「ああ!」


ハッチが開き、外の様子が明らかになる。

そこには、牢屋の端で眠るルルがいた。

その横には、見慣れない竜族が。


「お前は誰だ! どこから現れた!」

「ケセド、鎮圧しろ!」


俺の指示でケセドが動く。

一瞬で音速すれすれに到達したケセドは、竜族を綺麗なキックで蹴り飛ばした。



「ぐああああっ!」

「大丈夫か、ルル?」

「あ...シン様...? どうして...」

「助けに来たんだ」


俺はルルを抱き上げると、急いで艦内に戻る。


「戻れ、ケセド!」


俺の指示でケセドが移動し、艦内に戻る。

そして、俺の目に、翼を広げた竜族の姿が見えた。


「ハッチを閉じろ!」

『了解!』


ハッチを閉じた瞬間、何かが衝突するような音が響いた。


『外壁に取りつかれましたが...』

「このまま潜航する!」

『了解』


後で引っ剥がして殺せばいい。

俺はアザトースを潜航させた。


「あの...」

「どうした、ルル?」

「あの人は、悪い人ではないんです...」

「そうなのか?」


悪人は皆そう言うが...

騙されているわけではないのか?


「竜族の皆様は全然話を聞いてくれなくて、私を餓死させる気だったんですけど...あの人は、それに逆らって、食べにくいものも食べやすく与えてくれて...」

「そうか」


俺は通信ピンを発射するようオーロラに伝える。

そして、全体に向けて通達する。


「被験体を一体確保した! あとはもう価値はない、皆殺しにしろ!」


一瞬見た限りではオス、戦闘型のようだ。

他の竜族は生かしておいても邪魔なだけだ、消してしまうのが一番だろうな。


「オーロラ、帰ったら竜族の生体パターンを解析して星全体スキャンするんだ。他にも生息地があれば、焼き払う」

『はい』


その時、ルルが俺に縋り付いてきた。


「シン様、滅ぼさなくてはなりませんか?」

「ああ」

「何故ですか、友好的な者もいるはずです」

「それが敵対的にならないと何故言い切れる?」


世界中手を取り合って仲良く...

そんなものは、稚拙な幻想に過ぎない。


「敵対的なものだけを殺せば友好的な者だけが残る...それこそ、愚かな考えだ、ルル」

「ですが...皆殺しにしなくとも...」

「敵対者にも家族がいる。その家族が友好者であった場合、その家族にとって大事な人間を殺した俺たちは怨敵だ。分かるか、ルル。憎しみは連鎖し続けるんだよ」

「じゃあ...もし私が、あなたに敵対すると言ったら...っ!?」


俺は銃を抜いて、ルルに突き付けた。


「まずはお前を殺し、それから獣人を滅亡させる。お前を殺したことがバレれば、潜在的な敵を多く抱えることになる」

「......どうして、シン様は...人の善意を、誰かを信じる事が出来ないのですか?」


...そこに、気付かれてしまったか。

俺は目を閉じる。


「お前が知る必要はない」


これは俺の人格形成上の問題に過ぎない。


「それでも、知りたいと言ったらどうするんですか?」

「...お前に嘘はつきたくない」


俺は彼女の頭を撫で、そう言った。

これは俺の闇だ。

妹にも見せたことのない、本物の闇。

だが...


「そうだな、非戦闘民くらいは生かしてやっておくか」


恐怖政治、とも言う。

圧倒的な力をもって支配すれば、あらゆる生物はこの手の中だ。


「シン様...」

「大丈夫だ、悪いようにはしない。ただ...俺は、愚かだ」


何故俺が人を真の意味で信じられないのか。

その理由は...誰にも、言えない。

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