132-アザトース
『『アザトース』が完成しました』
その言葉は、俺を思考の海から引き上げた。
「....本当か?」
『はい。虚数演算システムが完成したので、危険性なく潜行が可能です』
俺はそれを聞き、立ち上がった。
「行くぞ」
『はい、第十二格納庫にございます』
「分かった」
俺はNoa-Tun内を歩き、エレベーターに乗り込む。
いくつかのエレベーターを乗り継ぎ、とある場所にたどり着く。
『網膜認証を行ってください』
『指紋認証を行ってください』
『声帯認証を行ってください』
「アー」
『体温チェックを行います』
『認証を完了しました。エレベーターをロックします、お進みください』
この先は最重要区画だ。
ここのセーフティは、各チェック10秒以内に認証を済ませられなければ、強制的に中央ホールに放り出される仕組みになっている。
くわえて、扉は主力艦用装甲の六重構造で、同じく主力艦級のシールドが張られており、それが開いた瞬間に、廊下の通気ダクト、エレベーターの扉が封鎖される。
「ここは急いで通らないとな」
ここのシステムはオーロラから完全に独立しているため、認証を間違えれば俺は広場に放り出されることになるだろう。
扉が閉まった後は同じく強制排除システムが作動するからな。
『クイズです。シンの妹の誕生年月日は?』
「2044年7月16日」
『では、何時にどこで生まれた?』
「日本時間8時2分45秒、東阿下潟第四病院で生まれた」
『認証解除』
ここは俺しか突破できない自信がある。
事前に入力した妹に関する10種の質問を全て覚えることは不可能であり、不正アクセスがあった場合は妹の交友の質問に切り替わるようになっている。
通路を突き進むと、横に切れ込みが入っているのが分かる。
もしここが突破されたら主力艦用レーザーが通路を薙ぎ払う様になっているからな。
そして、四重のシャッターを突破した先に、それはあった。
「これが.......アザトース」
『はい。虚数演算システムと、エントロピードライブの大型化に伴い、巡洋艦級になってしまいましたが......』
秘匿されたドックには、黒く巨大なアザトースが係留されていた。
このドックには出口がなく、宇宙に出ることはできない。
だが、それでいいのだ。
「アザトース......次元潜航艦か」
俺は直接ブリッジの横から中へ入る。
オレンジのダウンライトで照らされた艦内は、少しかっこよく感じる。
「メイン機関は二つなのか」
『はい。虚数空間内部では熱量法則がうまく機能しないため、エントロピードライブにより推力・電力を生成しています』
アザトースにはワープドライブとフュージョンドライブが搭載されており、通常艦と同じくワープとフィラメントワープが出来る。
だが、この船の一番の特徴は――――
「アザトース、潜航開始!」
『了解。艦内システムをローカルシステムに切り替えます。システムチェック開始――――問題は確認されませんでした。次元結節点を拡大します』
警報が鳴り響き、アザトースの係留が解除される。
だが、アザトースは下に落下せず、空中で浮いていた。
外から見れば、白い亀裂に半分沈んでいるように見えるはずだ。
『抵抗値を減少させます、潜航開始。艦内の気密を保持します、シールド展開』
「エントロピードライブ始動、潜航しつつ前進せよ」
『了解』
アザトースが沈み始める。
正確には落ちている、という表現が正しいか。
『沈下率90%』
窓の外に、次元の境界の下にある白い世界が映る。
この下は虚数世界。
現実世界との位相はそのままに、あらゆる物質・現象を無視して航行できる場所だ。
『エントロピードライブの出力を90%に増大。Noa-Tun外縁部まで前進します』
「武装は......まあ、貧弱か」
俺は武装を確認して頷く。
魚雷×6、垂直発射型の魚雷×8、中型二連装エネルギー砲×2である。アルファスカウターと同じく、こういう船は直接殴り合うタイプではないのだ。
「さあ――――奪還戦の始まりだな」
俺はブリッジの椅子に座り、再浮上試験が終わるのを待つのだった。
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