096-続く葛藤

妾がここにきてから数日が経った。

ここで過ごして分かったことは、シン殿は殆ど帰ってこないという事。

朝に出て行って、夜中に帰ってくる。

その際に、妾を起こさないよう、出来る限り静かに帰ってくることも知っている。

そんな時。


「......むぅ」


少しだけ、気になってしまった。

彼の私生活が。


「何も無い.....」


冷蔵庫の中には、飲料のようなものくらいしかなく、彼が毎食持って帰ってきてくれる食事入りの箱は、彼が外で食べていることの証拠だと妾は確信した。


「......」


クローゼットを開けると、中は全て同じ白色の背広だった。

洗っていないのもあるのか、シン殿の匂いがしていた。


「.......なんだか....変な気分じゃ」


彼の傍にいると安心する。

それは、彼の存在だけのはずなのに.....

何故か、匂いを嗅いだだけでも、安心できる気がした。


「外には.....」


ドアノブに手をかけた妾は、フラッシュバックした戦闘ボットとノーザン・ライツの姿に震えた。

なので、やめておくことにした。

シン殿の私室は、司令官クラスだというのにとても狭い。

いや、妾の私室よりは狭いという意味ではあるのじゃが。


「それにしても、殺風景じゃのう....」


彼なら、そういった趣味の悪い装飾は好まないだろうと、妾は少し思った。

でも、この白い天井、壁、タイルの床という部屋は、彼の身分には釣り合わないと。


「じゃが、立派じゃ....」


あのような殿方、私生活は乱れていると思っていたのじゃが。

部屋には酒の一本すらない。

過ごして数日とはいえ、酒も薬も、女の気配すらもない。


「ああいう人間が、英雄と呼ばれるのじゃろうか....?」


妾は、厠に立つ。

帝国の貴族とくれば、身の回りの世話はすべてメイドにしてもらうものだ。

だからこそ、妾はこの、誰もいない中でする厠が少し気に入ってもいた。


「これは、おかしいことなのじゃろうか....?」


厠から出た妾は、洗面所で手を洗う。

彼の使う石鹸は、庶民の使うような無臭のものだ。

風呂場にあるものは、香り付きではあるのじゃが。

シン殿と同じ匂いを纏えるのが嬉しくて、風呂には毎日入っておる。


「.......」


シン殿は妾がすることがないと思ったのか、人形を持ってきてくれた。

妾が年相応の少女と思っているのが、少しばかり不満でもあるのじゃが....

皇女としての務めばかりで、こういった遊びが出来なかったので、しばし楽しむ。


「帰ったぞ」


そして。

夕方の頃合いに扉が開き、シン殿が帰ってくる。


「これが今日の食事だ....昼はちゃんと食べたか?」

「はい....」


彼は冷蔵庫に、箱を二つ入れる。

明日の朝食と、昼食分なのじゃろう。


「では、俺は風呂に入るので、その間に食事を済ませておいてくれ」

「分かりました」


妾は、箱を開く。

見たこともない白い穀物と、潰した肉を練って焼いたものが入っている。

その上には、おそらく卵をまるまる焼いたものが....しかも。


「熱いのじゃ....」


結局、出来立てを食べる機会は妾にはほとんどない。

調理済みのものを、スキャナーで何十分もスキャンするからである。

温めなおすのは、庶民しかやらぬ行為故。


「......いっそ、このまま」


妾は少しだけそんな思いを抱く。

けれど、だめだ。

妾には、為さねば成らぬ事がある故に、改めてそう思った。

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