095-蜜乳の裏側

夢の中。

妾は、再びあの恐ろしい鋼鉄の悪魔に襲われていた。


「ひっ....!」


生まれてから一度しか感じたことのない死の恐怖。

妾の父と母を殺したテロリスト共に、刃を突き付けられた時以来の、全身が冷え切るような死の気配。


『ココニイタカ』


そして。

回廊の果てには、奴がいた。

妾を排しようとする、邪悪な存在。

ノーザン・ライツが。


「ひ.....」

『コロセ』


妾の後ろまで迫っていた戦闘ボットらしき何かが、メキメキと音を立てて不明瞭な何かに変わる。

そして、歪んだ形の腕で妾を掴む。


「たすけ、助けて!」


かつて助けを求めたとき、当時の騎士団長が斬り込んで助けてくれた。

でも、今の妾に助けはいない。

ナニカは、口を開く。

その中には、太い棘が何百本も生えていた。

妾が悪かったのか?

皇女にさえならず、あの時死んでいればいいと?


「やめてぇえええ!!」


妾は口の中に放り込まれて――――

その瞬間、目覚めた。


「はあっ!!」


目覚めて、そして、自分が今どこにいるか気づいた。


「今、何時じゃ.....」


周囲を見渡すと、小さなスタンドの明かりが見えた。

その下には、妾の恩人の姿があった。


「.......ん?」


妾が起こしてしまったか不安になった時、予想通り彼は起きてしまった。

わ、妾のせいで.....


「すみません、起こしてしまいましたか?」

「構わん」


怒っているかと思ったが、シン殿は怒ってなどはいなかった。

こんな小娘に起こされて、不快だと思わない殿方がいるとは思わなかった。


「怖かったか?」


その時。

スタンドが消えて、部屋の明かりがついた。

一瞬逆光になって見えたシン殿は、ちょっと格好よく思えた。


「はい.....その、ノーザン・ライツが、みんなを.....」

「俺の主でもある。.....まぁ、快く思ってはいないが」


一瞬、不快にさせてしまったかと不安になった。

でも彼は、不満な顔を隠すことなく主を批判した。

こんなに堂々としていられるなんて、どうしたらその鋼のような心を手に入れられるのじゃろうか?


「あの....私を助けてくださったので、何か罰を受けたのでは....」

「お前が傷つく事よりは、大したことではない」


少し不安に思ったので、聞いてみることにする。

そうすると彼は、何でもないことのように笑った。

どうしてそんな表情が出来るのじゃ....?

何の対価も払えない小娘に、何故そんな表情が?


「待ってろ」


その時、シン殿は戸棚を開ける。

妾のために何かしようとしているのか...?


「あ....そのような事をしなくても大丈夫です!」

「おまじないのようなものだよ」


シン殿は、戸棚の中にあった冷蔵庫から、白い液体と金色の液体の詰まった瓶をそれぞれ一本ずつ出した。

それが何なのか、妾には分からなかった。

彼は、戸棚を開いた先にあった台に鍋を置き、そこに白い液体を全て注ぎ入れる。

そして、暫くしてから、取り出したカップ二つに、液体を注いだ。


「......」


何だか、芳しい香りがした。

シン殿は、カップに金色の粘液を少し入れ、スプーンでかき混ぜる。

そして、二個あったカップのうち一つを、妾のところまで持ってきた。


「悪い夢を見たときは、これでも飲んで落ち着いて、また眠るんだ」


その言葉は、とても暖かかった。

妾の周囲で、その目をして、その暖かい声で話しかけてくれる人間はいなかった。

なぜなら、妾は.....帝国の皇女なのじゃから。


「んく....」


熱くて白い液体を飲む。

その瞬間、妾はこの味が何か分かった。

シトアだ。

オペダの乳だと聞く、貴人に好まれる飲料である。

妾はこれを好まなかったのじゃが.....

何故だか、とても.....とても甘く感じた。

あの金色の粘液は何だったのじゃろうか?

少なくとも毒ではない....けれど、それを聞くのは失礼なような気がした。


「ふっ、ぐっ......ううっ.....」


気が付いたら、涙が出てきていた。

抑えられなかった。

安堵だけではない、この気持ちは....きっと、妾はこの男が死ぬことに悲しんでいるのじゃろう。


「どうした?」

「......私は、ちゃんと家に帰れますか....?」


涙を拭いてくれた彼は、妾の情けない問いに、


「俺が帰してやる」


と、頼もしく答えた。


「ですが、それだとあなたは.....」

「正しくない事を通すのは、ダメなことだ」


妾を助けたことで、きっとこの男は死んでしまうのではないか?

そんな確信があった。

妾の命乞いなど聞かなかった、ノーザン・ライツが、きっとこの偉大な男を殺してしまうだろう。

だが、妾はこれで決心がついた。

脱出するとき、彼も連れて行こう、と。

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