013-救世主
その日、獣人の王であるギリアムの二人の愛娘、ネムとルルは部屋の奥で縮こまって震えていた。
軍勢が移動を開始し、集落にまで戦士の怒号と剣戟の音が響いてきたのだ。
「お姉ちゃん...私たち、どうなるんだろ」
「...言わないで、ネム」
敵の虜囚となった獣人の運命など、たかが知れている。
尊き人という種族を汚すその罪で殺されるか、慰み者にされた上で殺されるか、もしくは売り飛ばされるかである。
この大陸に、獣と同じ姿を持つ獣人を擁護するものなどおらず、隠れ住んでいたというのに、人間に見つかり...包囲されてしまったのだ。
「お姉ちゃん、逃げよう」
「無理よ。逃げ道なんてないし、獣人二人だけで生きていくなんて...」
人間の他に恐ろしい大型の獣までいるのだ。
二人で生きていくなど不可能であった。
ネムとルルは、互いに運命の終末を待ち続ける。
しかし。
轟音と悲鳴、絶叫が急に轟き始めてからは、二人は顔を上げ外に出る。
「な、何...?」
「お姉ちゃん、怖い...」
二人の隠れている場所からは、戦場が一部見渡せる。
しかし、そこで猛威を振るうのは人間の軍隊ではない。
金属光沢を輝かせ、機械の兵が人間兵を射殺していた。
「な、なんなの...?」
比較的知恵のついた子供であるルルは、自らの知識では全く説明の付かない機械の兵団に恐怖する。
そしてそれが、自分たちの刃を通さない重装騎兵を難なく屠っている事にも。
「魔獣...? でも、どうして街に入ってこないの...?」
二人が恐怖に震えているうちに一方的な虐殺は終わり、機械の兵士は空より呼び寄せた大型の兵士に死体を乗せ、また空へと上がって行った。
「天の...使い...?」
兵団が空から来たと気づいたルルは、そんな言葉を呟く。
「獣神様が助けてくれたの!?」
「違う、獣神様じゃない...」
獣神とは、獣人の崇める神である。
しかし、ルルの知識にある獣神の軍とは、大型の獣を中心に構成された恐るべき大軍であった。
こんな、蟲の大群のような、おぞましい大軍ではない。
「獣神様じゃないなら、なんなの...?」
「わからない...」
二人の疑問は、回収が完全に終了した時に晴れた。
一機の白く美しい大型ドローンが空より現れ、空中に人間の像を投影したのだ。
「おお...」
「なんたる事だ...」
獣人たちは、次々にその奇跡に感嘆する。
だが、奇跡はそれで終わらない。
『ケモノの人達よ』
獣人を指す不慣れな帝国語が飛び出し、獣人たちが警戒する。
『我は遠き地より来た故に、言語は愚かな者どもより奪った。多少の不慣れ...不慣れは許容するがいい』
確かに不慣れな様子に、獣人達は困惑する。
このような圧倒的な存在が、自分たちを助けてくれるというのなら、それは獣神以外あり得ない。
だが、自分たちの言語に通じていないのであれば、獣神ではない。
『我の名はシン、天を統べる者なり』
「おお...まさか」
「獣神様より上位のお方であるというのか」
戦場にて、生き残った事に驚く獣人たちも、その言葉を聞き納得する。
獣ではなく、星空を統べる神なる王。
その存在であれば、自分たちを助けてくれた事にも納得がいく。
人間の伝承に伝わる存在ではあるものの、獣神の教えは排他的なものではない。
星空の王の存在は、獣人たちの宗教にも存在していた。
「獣神様が助けを呼んでくださったのだろう」
「おお、偉大なる星空の王...しかし、我々に何を求るのであろうか」
ルルとネムの隣で、大人達が空を見上げて祈っている。
それを二人は、不思議そうに見ていた。
「お姉ちゃん、獣神様より偉い神様が助けてくれたの?」
「でも...どうして獣神様は直接助けてくれないの?」
ルルの言葉を聞いてか聞かずか、空に浮かぶ像が二人の方を見る。
二人はそれに震え、怯える。
『お前達の神の事など知らぬ』
「では、獣神様は関係がないと...?」
『我はこの星とお前達に価値を見出した、服従せよ』
ルルが拳を握り締める。
偉大なる天の王が自分たち程度を求めるということは、死んでその星々の宮殿の礎になれという事。
結局死の運命は避けられないのかと。
『我は居城を離れられぬ故、後ほど伝える場所にて石を掘って献上せよ』
「そんな事で、いいと...?」
『しかし、勝手な行動をとられては困る。お前達の中で一番位が高き者を寄越せ。さすれば全ては良き方向へ向かうだろう』
「は、ははーっ!」
一斉に平伏する獣人達。
星空の王が求めるは、自分たちの姫だと確信したのだ。
実際にシンは、「代表者同士の会談を要請する」というニュアンスで言ったのだが、獣人たちには「位が高い者を生贄として捧げよ」という意味で捉えられた。
『では、話は終わりだ。まずはお前達に休息を与えよう。その後、食料と清潔な水をくれてやる。生きて我に仕えよ』
「「「「「「ははーっ!」」」」」」
獣人達はすっかりシンを星空の王だと認め、生き残るために敬愛する二人を、生贄に捧げる決心を固めていた。
「...これでいいか?」
『完璧でした』
俺はマイクから口を離す。
俺自体は言語がわからないので、オーロラに発音字幕を用意してもらったのだ。
尊大に、とかそこを強調しろだの指示はあったが、上手くいったならよかった。
「さて、会談が上手くいけばいいが」
『語彙がまだ完璧とはいえませんので、少しの解釈の違いはあるでしょう』
「だろうな」
この時の俺はまだ気づいていなかった。
オーロラに謀られたのだと。
俺に頼まれたオーロラが組んだ遠大な安定統治法が、自分の理解とは程遠いものだった事を。
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