第53話 役割sh
煌々と月光が照らす雲ひとつない深夜の空。
寂れた廃村の闇の隙間を松明の赤い光が線を引いて一箇所に集まっていく。
そこは、小高い丘の上に一つだけ建てられ、無惨に崩れた家屋を見
その建物は、ここが本当に同じ廃墟群の一部なのかと目を疑う程に浮いている。
「
屋敷へと続く道のりの途中、目深にフードを被った小太りの男が隣を歩くもう一人に語りかけた。
団長と呼ばれた男は、ちらと部下のことを一瞥するも、何も応えなかった。
彼の翡翠の瞳にはどこか、諦めの色が膜のように覆って見えた。
その間にも二人は屋敷の門戸に差し掛かり、ヒエラーゾが扉に手を掛けた。
しかしそこで一度、彼は何が気にかかったのか、腕を彷徨わせたあと、おろした。
「―――……提案をのむのか、お前はそう聞いたな? ならばヒルマよ、教えてくれ。そうでなければ、私はどうすれば良いのだ?」
ヒエラーゾはヒルマと呼んだ部下に無気力な目を向けた。
対してヒルマは応える言葉を何も持たず、口は開いたものの何も言わず、視線を逸らし、結局は伏せてしまう。
しかしヒエラーゾは、それに何も言わなかった。
代わりに彼は、ヒルマから顔を背け、扉に手を掛けて、屋敷の扉を押し広げた。
**
「馬鹿な、
ヒエラーゾの怒声が部屋に響き渡った。
そしてその怒声を聞いた彼の取り巻き達の間にどよめきが走った。
怒鳴り声を上げたヒエラーゾが握りしめている書簡には、何かの樹木を表していると見える三叉の文様のようなものが記されている。
それは、大家のどこにも属さないものであるように見えた。
「―――……団長」
ヒエラーゾの部下の一人が彼に問い掛けるように呼びかけた。
彼は腕を組み、彫像のように瞑目していたが、一度眉根にシワを寄せてからゆっくりと目を開く。
「―――……今は、待つべきだ」
「
ヒエラーゾは部下の言葉を判っている、と手で制した。
「だが、我々は今や孤立無援、同士も数を大きく減らしてしまった。この場所とて、奴らの助けがあってこそだ。……分かっているだろう、ソチさまが我々を
ヒエラーゾは部下たちを見渡し、悲痛な面持ちで黙り込んだ彼らに言い含めた。
「―――……たとえ奴らが、我々を利用しようとしているのだとしても、な」
**
ヒエラーゾがスルケを見つけたのは本当に偶然だった。
オクホダイの都市「ニュトサレス」で酒を買い付けていた際に、たまたま見覚えのある顔を発見して声をかけたのだ。
その時も微妙に酔っ払っていたのもあるが、久々に会った外部の同郷人ということに気が緩んでいたこともあった。
幸い、彼はヒエラーゾのことには深く踏み込むつもりは無いようで、
提示された金額はそれなりのものではあるが、払えないほどでもない。
今のヒエラーゾの財源はほとんどが
「―――……有り難い、これで目的に一歩近づく」
ヒエラーゾの口は、当てもないと言うのに自然に、思いもしない言葉を勝手に紡いでいた。
だが、それからそう遠くはない内に、事態は彼に思いもよらないほどに大きく動くことになる。
**
「―――……王族の外遊?」
ヒエラーゾの読んだ書簡の内容について、ヒルマがまず反応を示した。
他の五人も同様の興味を持ったようで、一斉にヒエラーゾに視線を向けた。
「あぁ、そうだ。来る満月の日、その日より幾日か後、王家の人間はまず北方からの視察を行うようだ」
「―――……それは確かな筋なのでしょうかね?」
「わざわざ
「―――……しかし」
ヒエラーゾは納得のいかない様子のヒルマに向き直り、その伏し目がちの肩に手を置く。
「言っただろう、
「―――……それはそうですね、確かに。どうも私は以前の癖が抜けないらしい」
ヒルマはそう言って苦笑した。
「であれば、計画を立てる必要がありますな」
二人の様子を見ていた同士の一人が、話がまとまったのを見越して口を開く。
それを皮切りに、他の者も武器はどうするのか、人員はどのように割くのか、など活気付いて各々で話し始めた。
そんな中、ヒエラーゾは両手を挙げて彼らを鎮めた。
「……まぁ待て、武器に関しては私に少し、当てがある」
ヒエラーゾの顔に浮かんだ薄ら笑いは、上手くいくと信じて止まない、勝ち誇り自慢するような歪んだものだった。
**
「クソっ、小心の裏切り者が……!」
ヒエラーゾは悪態と共に、ニュトサレスの門壁前に待機するヒルマのもとに現れた。
人混みに紛れてやってきた彼は、見るからに苛立っている。
「……どうしました?」
「スルケの奴、協力できないと抜かしやがった」
ヒルマはそれを聞いて、納得したように頷く。
そしていそいそと用意していた馬車へと移動を始めながら、話を続けた。
「
「―――……そうか。だが、アイツをそのままには出来まいな」
「……と言うと?」
「アイツは今回の我々の計画について知ってしまった。計画が計画だ、どこから王宮に漏れるか知れない」
ヒエラーゾは如何にも沈痛な面持ちで話すが、その口元には隠しきれない喜悦の色が見えた。
ヒルマは軽く周囲を見渡して、他の耳がないことを確認する。
「―――……口封じをお考えですか?」
「アイツは火薬自体も扱っているらしい、火薬による事故を装えば容易かろう?」
ヒルマは彼の言動にどこか、個人的なものが混じっている事を感じ取ったが、敢えてそれを深堀りすることはしなかった。
結局ヒルマ自身、ヒエラーゾと同じ穴に潜む獣、ということなのだろう。
「―――……では、手始めに
「ふむ、成る程。わざわざ少量を盗んで利用するより、そちらの方が効率は良いか」
そこで二人は馬車に辿りつく。
安っぽい馬車に乗り込んだ二人は、待機していた部下に呼びかけた。
走り出した馬車の揺れに身を任せ、二人はこれから大きく動く状況に、久しく感じていなかった胸の弾みをその内に抱いていた。
**
「やはり奴らは端から我々を利用するつもりだった!」
襲撃を終え、拠点に戻ってきたヒエラーゾたち、その内の一人が戻るやいなや叫んだ。
しかしヒエラーゾはそれには取り合わず、うわ言のように呟いた。
「―――……王女はどこだ?」
「はい?」
「あそこには王、王妃、王太子、三人しか
叫んだ彼にとってはその姿は異常に映ったらしく、珍しく彼に食い下がった。
「ヒエラーゾさま、そんなことよりも
「奴ら? ああ、
慌てる彼に対して、ヒエラーゾは至って平静だった。
しかしそれは何も不思議なことではない。
彼は初めから一貫しているのだ。
「―――……確かにあれは外遊などではないだろうな。だが、そんなことどうだって良いだろう。結果として目的は達せられる。今は所在の分からぬ
「……」
「まぁだが、騙されて腹が立つ気持ちも分かる。……全てが終わった後、今度は奴らを狙うのはどうだ?」
まだ不満げな部下に向け、ヒエラーゾはそう言って含み笑いをする。
それを受けた部下たちは控えめに笑い返しつつ、ヒエラーゾに同意を示した。
結局は、彼らはすでに大罪人。
すでに退路などないのだから。
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