第51話 夢中の選択

それは、メナが少年を救い出す手立てを見つけるという無謀とも言える宣言と同時に現れた。

村長の家の片隅、玄関のすぐ横に現れた空間の歪みは、その内より一組の男女が現れるのと同時に、何事もなかったかのように揺らいで消えた。


メナたちが驚き目を丸くしていると、そこから現れた男が口を開く。


「手立てはあるのか、銀灰の姫メナ?」


ズルリと重く、不気味で、しかし不思議と不快感がないその声は、メナにとって忘れることもできないものだった。


「なんだお前、戻ってたのか?」


ビレトは「いままで何をしていた」と言わんばかりに顔をしかめて黒きレァを睨んだ。


「……それに、横のは誰だ?」


「ちょっと、おとうさん、失礼でしょう」


ビレトの言葉に横のジーナが慌てて割り込んだ。


しかし彼女はそれを気にした様子はなかった。

ジーナに愛想良く手を振って「お気になさらず」と微笑むと、あっさりと素性を明かした。


「私はイマ・エノ。気軽にエノとでも呼んでくださいな。レァとは……まぁ、古くからの仲間、知己ちきというやつかしら。腐れ縁、ってほどではないわよね?」


「知らんよ。少なくとも敵ではない」


「大雑把ね、相変わらず」


二人のやり取りは言葉に違わず親しげなもので、嘘ではないように見えた。


しかしメナは、従者たちのこともあって警戒せずにはいられなかった。

敵とは言わないまでも、とても味方と認識することはできない人物だ。


「お久しぶりです……鴉羽の使者」


メナが牽制けんせいの意味を込めてその名で呼ぶと、エノはニコリと微笑んだ。


「お久しぶりですね、姫さま。ちゃんとと合流できたようで何よりですわ」


メナは、彼女が悪びれもせずに笑うのを見て、成る程レァの知己だと納得する。

同時にそれが不信感にも繋がり、メナは彼女の黄金の目を見つめる。


「―――……また、助言・・ですか?」


しかしメナの予想に反して、エノは首を横に振った。


「いいえ。今回はむしろ、助力をいに」


「助力を?」


にわかには信じられず、メナはエノに聞き返し、次いでレァの方に視線を向けた。


二人が話のすり合わせをしているとは思えず、彼の話を聞けば大体の事情は掴めるのではないかと思ったのだ。


「そんな目で見ても俺は知らん。その件はこいつが勝手に仕事を増やしただけだ」


メナの視線を受け、レァはため息混じりに言う。


「別にあなたにとっても損ではないでしょうに。まぁ、否定はしないけれど……?」


エノがレァに言い返した時、ジーノが小さく手を上げて話の間に割り込んだ。


「―――……小難しい話なら、部屋で落ち着いてやりなよ。茶くらいは出すよ」



**



ジーナの案に従った四人は食事用の机に掛け、ジーナが用意した茶をすすっていた。

気を遣ったのだろう。ジーナは「私には難しい話はわからない」と茶を用意した後にそそくさとその場を去ってしまった。


「……それで、増えた仕事・・とは何のことなのですか?」


メナが問うと、エノは微笑んで答えた。


「姫さまの目的と同じよ」


「同じ……?」


メナが求めているのは村の少年カイルの救出だ。それが鴉羽の使者エノの目的と共通しているとは到底思えなかった。


「……正確には、姫さまの目的の副産物、かしら。ヒエラーゾの居場所・・・・・・・・・が知りたいの」


「知って、どうするというのです?」


「彼の娘さんが彼のことを探していて、教えてあげる約束なのよ。人助け・・・は大切でしょ?」


メナは胡散臭い思いでエノを見た。


エノは敢えて曖昧な情報を渡すことで本心を隠している。

メナには、彼女たちが単なる「人助け」のために行動をとるとは思えなかった。


それを行うに足る真の目的、つまりは誰にも姿が見えない「闇」がその内に隠されているように思えてならないのだ。


「人助けが大切なのには同意しますが……いえ、今はそれどころではないですね」


エノを信用できないことには変わりはないが、彼らの目的がメナたちのそれと反しない以上、話を聞くだけの価値はある。

メナはそう判断してエノに訊ねる。


「わたしに出来る事など、数える程しかないかと思いますが……」


「あるじゃない。姫さまにしかできない、少年の身柄の確保とヒエラーゾの居場所の割り出しが同時に出来る方法」


メナはエノが何を言わんとしているのかを察し、黙り込んだ。


「―――……ちょっと待て、そりゃぁ、姫さまを実際に差し出しちまうってことか?馬鹿言うんじゃねぇよ。偽の人質を用意するなり、色々出来るだろうが」


メナが何も答えずにいると、ビレトが割り込んだ。

それはメナへの助け舟だったのだろう、メナは彼の視線が一瞬こちらに向いたのを見た。


「そうでもないですよ、村長」


それには、それまで静観を決め込んでいたレァが応えた。


「……なに?」


「ヒエラーゾはこれまでの行動から考えるに、彼はどういう訳か王族に強い恨みを持っているようです。そして、この村が姫君メナを匿っていたことを知ってしまった。つまり……」


「―――……仮にカイルを助け出したとして、『やり方』によっては危険が上乗せされる、そういうことか?」


レァが頷き、ビレトは唸った。


その時、エノがいたずらっぽい笑いを浮かべて手を叩き、その場の視線が彼女に集まる。


「やるからには徹底的に、ヒエラーゾを叩き潰すつもりでやらなければならない……普通は不可能ね。でも、それを一手で解決できる方法があるのよ」


「……ヒエラーゾの要求を呑めば少年は開放され、わたしは彼らの拠点に移送される。そのあとを追えば居場所がわかる、そういうことですね?」


メナがため息混じりに言うと、エノはニコリと微笑んだ。


「もちろん、確実に上手くいく保証はない……ヒエラーゾにこだわりがなければ、その場であなたや少年を部下に排除させかねないもの」


メナは自分がまた、彼女に選択肢を突きつけられていることに気づいた。


あの日と同様の、夢幻のような選択肢だ。


「それ以外の道は無い、と?」


「逆に訊くけど、あるのかしら?二日以内にヒエラーゾの居場所を見つけ出し、生きているかも分からない少年を彼らの下から救い出して、なおかつ彼らがこの村に危害を与えないようにする、そんな方法が?」


メナはそれに対する答えを持たず、閉口する。


確かにそれは無理難題だ。

普通ならば不可能と断じるところだろう。


だが、それは彼女の提案とて同じことだ。

そして彼らは「普通」ではない。


「お二人ならば出来るのでは?」


エノはそれを聞いて「あぁ」と呟いた。


「過分な評価は有り難いのだけれど、別に私たちも万能という訳ではないの。私たちにはヒエラーゾたちを殲滅せんめつする方法がないし、そもそも今から奴の居場所を探って二日で済む保証はないわ……それは私たちには関係ないけれど、あなた達には死活問題でしょ?」


ヒエラーゾの指定した人質交換の日取りは、明後日の夜。


彼女の提案を断るのであれば、それ以前にヒエラーゾを見つけ、対処しなければならず、それはメナだけの力ではおそらく手詰まりだ。


しかし、見つけるのはともかく、殲滅はレァならば出来るのではないか、そんな疑問が頭過る。

それを言った時、彼らはそれを否定した。


「レァに殺しはできないから」


その真意は分からなかったが、少なくともレァもそれを否定せず、メナとしては引き下がらざるを得なかった。

まさか何としてでも殺せとも言えない。


メナはエノの提案にどう応えるか、悩んだ。


確かに彼女の話は一つの道を示しているように見える。

少年と村を救う、最良の道だ。


しかし同時に、メナはこの鴉羽の使者イマ・エノという存在を未だ信用できなかった。

それはあの日・・・以来、メナがずっと考えていたことだった。


―――あの時の選択は正しかったのか。


メナにとってエノの言葉は「夢」のようなものだった。


何かを選んだつもりでも、何も選べていない・・・・・・

夢中では、あらかじめ定められた選択の結果を後追いで・・・・見せられている・・・・・・・


それは確かに向かう先、その結末を示していることに違いはない。


だが彼女の場合は道を無理矢理に絞り、選ばせている・・・・・・のだ。

あたかも、それ以外の・・・・・選択肢など・・・・・もとより・・・・無かった・・・・かのように。


そう、彼女の言葉は「嘘」ではない。

きっと、それを辿れば「結末」に辿り着くことはできる。


しかし彼女は真相を目には見えない奥底に隠すことで「嘘を・・ついている・・・・・」。


その行動の基底にある、「あらかじめ定められた(じぶんがもとめる)結果」へと誘導しているのだ。

深層を隠し、表層の言葉を操る彼女のあり方はまさに「夢幻」そのものだ。


「……」


メナの迷いは、その場の誰もが感じ取った。


しかし誰もそれに水を差すような真似はしなかった。


この場でこの計画の進退の手綱を握るのは、確かにメナであったからだ。

長い沈黙だったのだろう、メナが口に運んだ茶はすっかり冷めきっていた。


(どうすべきでしょうか……?)


正直なところ、メナにはその計画を拒絶する理由がない。


元より少年を救うためなら何でもするつもりでいたし、レァとエノの二人の協力が得られるのなら、村長が危惧するような、メナが命を捨てる結果にはならないだろう。


ゆえに最後の悩みの種は、エノに対する不信、そしてそれを打ち消せるだけのメナ自身の動機の不足だ。


メナは彼女の意図を探るべく、再び考え込んだ。


(彼女の口ぶりからして、わたしの協力は別に不可欠ではない。それでも彼女はわたしに話を持ちかけている……わたし・・・である・・・必要がある・・・・・?)


そう思った時、メナは自分が聞くべきことがわかった気がした。


彼らは、それが真相への過程であれ、メナの協力を得ることが目的になっている。

それを知れば良いのだ。


「……わたしがあなた方に協力すると、あなた方はが得られるのです?」


メナが問うと、エノはすっと金色の目を細めた。

その目はメナを見据え、次いでレァへと向かう。


レァはその視線を受けて見返すが、それ以外には何もせず、エノは一人で何かに納得したように頷いてメナに視線を戻した。


「―――……私たち・・・には、知りたいこと・・・・・・があるの。今回の仕事をこなせば、その手がかりを教えて貰える約束なのよ。もし、あなたが今回の話を呑んでくれるのなら、私たちはあなたにそれを話す用意がある。どう、知りたくない?」


メナはその時、エノが、自分を試しているのだと気づいた。

彼らが何を求めているのかは知らないが、メナがそれを知るのに相応しいのか。


(―――……いずれにせよ、迷っている暇はない)


メナは覚悟を決め、口を開いた。


「一つ、条件があるのですが……」

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