第40話 荒野の太陽

日が暮れた夜更けの一室。


燭台に灯ったロウソクの火が、小さく開けられた窓からの風に揺れた。


その風にのって、ジリジリと焦げ付くロウの匂いがメナに届く。


メナはつと目を上げるが、火が消えるほどの風ではないと見て視線を戻し、一度目を強くつむった。


飛び出して行ったカイル少年のこと、それを探してみると告げた村長の言葉を思い出してため息をつき、手中の書類に戻した。


彼女が保管庫から持ち出した書類はカイル少年の両親が書いていたと思われる「日誌」だった。


主にそこに書かれていたのは、保管庫の資材を移動させた際、それがどのような用途であったのか、どのくらいの量だったのか、いつのことなのかを事細かに記したものだ。


彼らなりの決め事があったのか、ところどころ読み辛いところもあったが、メナは多少時間をかけてでもそれを読み解くつもりでいた。


それが少年のためにも、村長のためにもなると自分に言い聞かせた。


メナが資料を読み始めて、まず確認したのは直近の資材の運用記録だ。


カイル少年の両親、スルケ夫妻はいつからか、この村で調剤師のような役回りをしていたらしい。


知識も豊富なようで、メナも知らないような薬草やそれに準ずるものを扱うことの方が多かったようだ。


とはいえ、危険物の管理を行っていたことも事実であり、それらは採石場の発破などで用いられたのだという話はビレトが話していた。


そして、それらが行われたのはもう大分前の話であると。


そうした話とこの日誌を統合した時、やはり火事の原因がスルケ夫妻による不注意とは思えないことが分かった。


日誌には、そういった用途に使われるものが持ち出された記録は残されていない。


火事の直近だけではなく、それこそビレトが語った採石の際に火薬が使われた時期まで、そういった資材が持ち出された記録はないのである。


ここまでの記録を残しておいて、その前後だけ記録を怠るとも思えず、そう考えると火事の原因はスルケ夫妻の不手際とは到底考えられない。


メナは机に書類を置いて、頬杖をつき目を瞑った。


(―――……状況的には、これは意図的な放火。事故と見せかけるために火薬を使った?)


動機となるものが未だ見えていない以上、それが推測の域を出ることはないが、メナはひとまずそれが事実と仮定するのが良いだろうと考えた。


指針を決めたメナは姿勢を正すと再度書類に手を伸ばし、日誌の日付をさらに遡る。


スルケ夫妻は薬剤師のような役回りをしていた。


本来ならば教会の医祭が担当するような役回りだが、身近な存在は村にとっても貴重だったのだろう。


そしてその性質上、彼らは「薬師」として多くの人と関わったはずだ。


彼らを殺した放火犯がいるとすれば、それはそうした関わりの中から生じた可能性が高い。


(『殺意の沸騰』。誰の著作でしたっけ……)


殺意は積み重ねだ。


何もないところから、ある日突然生じるものではない。


それはつまり、殺意に至る経緯があるということだ。


(病による錯乱、あるいは薬を巡った取引の関係……それとも、過去の諍いか)


メナがパラパラと書類をめくっていく中でも、考えられる事象はいくらでもあった。


しかし、今のところ日誌に奇妙な点は見られなかった。


せいぜいが定期的に何かの薬草と思われるものが入出庫しているくらいのものだ。


メナはしばらく無心で書類をめくっていたが、決定的な記述が見つけられずに焦る。


(当てが外れた、のでしょうか。となると振り出しに―――……)


ふいに、メナは書類をめくる手を止めた。


大量に資材が動いている時期がある。


それもそこに書かれている内容は、村長が火薬を発破に使ったものと同様の資材だ。


そしてそれは定期的に、長い期間の繋がりと共に存在していることが分かった。


「―――……ヒエラーゾ・・・・・?」


メナはそのやり取りの始点と思われる記録を発見し、そこに書かれた名前を発見する。


その文章はいままでの彼の簡素な文章とは違い、興奮したように長く、自身の事細かな感情の流れを書いていて目立った。


書類をめくり、それ以前にはその奇妙な資材の動きがないことを確認したメナは、その記録を読み始めた。


ロウソクの火は滔々と輝き、それを吹き消す夜風も今はない。


その灯りは、メナの手元を明るく照らした。


それはきっと、絶望を明らかに、映し出すのだ。


**


メナは書類をあらかた確認し終えて、目頭を抑えて椅子にのけぞった。


いい加減夜も更けて、眠たい。


しかし、それだけ時間をかけた甲斐かいもあり、スルケ夫妻……とくに夫の方がこのヒエラーゾという存在に思い入れがあった・・・のだということが分かった。


しかし「あること」を聞いて以来、彼はこのヒエラーゾという男に不信感を抱くようになったらしい。


残念ながらその「あること」についての詳細は記されていなかったが、それがかなりの内容であったことは間違いないようだ。


そして実際、それ以降は資材の流れはぱったりと途絶えてしまっている。


「―――……『あること』、ですか」


メナの呟きはシンとした部屋には馴染まず、ふわふわと漂っているようだった。


それが何なのかを知ることが、このヒエラーゾという存在の輪郭を浮き彫りにしてくれると思うのだが、如何いかんせん手がかりがない。


この男はスルケ夫妻にとって、古くからの付き合いであることは間違いなく、おそらくは同郷の人間・・・・・である。


そして「火薬」との関わりがあるとすれば、自ずとその正体は絞られてくる。


山の民イカコの関係者、でしょうね。スルケ夫妻はこの村に移住してきた山の民、そう考えればある程度の辻褄は取れますし……村長は何か聞いていたりはしないでしょうか?)


メナは思いたって席を立つ。


しかし、立ち上がって視界に入った窓の外が真っ暗なことに気づき、今が夜中であると思い出す。


(―――……いつもの悪い癖がでていますね)


内省し、考え直したメナは、今日の所は寝たほうが良いと判断すると、一つあくびをして、そのまま布団に潜り込んだ。


そしてメナは寝枕の上で、カイル少年のことを気に掛ける。


しかし考えをまとめるような間もなく、気づけば彼女は深い眠りの底に落ちていた。



ロウソクの火を消し忘れたことに気づいたのは、ロウソクの燃え殻が寝台に満ちていることに気づいてからのことだった。

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