第36話 斑紋を見比べて

イカコは山の民と呼ばれることあり、アタナティス国の南部、サンガゾ地方に中規模の集落をいくつも作って暮らしている。


山の民イカコとは、それら大家族ナーヴィラごとに連携するアタナティス国を構成する一つの部族であり、アタナティス風に言うならば、大家であった。


当然そこには権力闘争のようなものも生じ、中でも直接的な武力の象徴とも言えるソチ直属の戦団ともなれば、口にはせずとも、その地位を狙っている者は存外に多い。


というのも、ニコイが戦団の長となったのは正規の手段という訳でもなく、ソチによる特例的な措置といった側面が強いからだ。


良く思わない者が居たとて、その感情自体は無下には出来まい。


とはいえ、ニコイの実力は伊達ではないのも事実だった。


ソチが彼女に目をつけたのは、その他を寄せ付けない「水の法アタラ」使いとしての素質と使いこなすだけの実力があったからだ。


ニコイは戦団の長に立つ者には、戦いにおける素養を重視した。


故に、ニコイはある種、実力さえ示せば戦団を率いる事ができるという実例でもあり、成り上がりを夢見る者にとってニコイは野望の象徴だった。


もっとも、戦団だけが山の民の武力の全て、という訳ではない。


どちらかといえば、戦団はソチら長老、家族長を守る近衛のような役回りが多く、その一部が特殊な作戦に駆り出されていた。


つまり、汎用的な兵力は別にあるということだ。


そしてそれが、大家族ごとに組織され、それぞれの家族を守るために働く「自警団ナーヴィラ・ヘプス」である。


天幕の入口が持ち上がったのを視界の隅に確認し、ニコイは机上に拡げた地図から目線を上げた。


「おば……フークー、戻ったか」


「はい、お待たせして申し訳ありません」


頭を下げる自分よりも少しばかり年上の女に、ニコイは苦笑して顔を上げるように言う。


「叔母上、やめてくれ、その……話し辛い」


しかしフークーはそれには応じなかった。


これでは忠実な部下と言えるのか言えないのか、正直、ニコイには判断がつかない。


正直なところ、話し方すら気にしていた彼女としては、今やほとんど居ない自分の肉親にこのように頭を下げさせることは気に入らなかった。


ニコイはため息をつき、動かない叔母に渋々とそのまま調査の結果をさせた。


その話の内容は、ここ最近の大家族の動きに関するものだった。


ニコイは王族襲撃の件の調査を任された時、「火薬アービカ」の使用という前提条件から、まず身内の犯行から疑うことにした。


火薬、ことさら威力と汎用性に特化した火薬技術は、アタナティスにおいてイカコの専売とも言える技術だった。


その材料となる鉱石が北部では取れないこと、逆にそれらが取れる南部は山の民イカコ領であることがその主な理由だ。


ゆえに、それを用いた犯行なのだとすれば、火薬に精通した身内を疑うのは当然の帰結である。


そこでニコイは、襲撃が起きた彼女がイカコ領に戻る四日前、その間に各家族に妙な動きや噂がなかったかを簡単に調べさせていた。


「―――……以上です」


フークーが語り終えて、ニコイは思わず胸を撫で下ろした。


「大家族の中には、あの日に怪しい動きはなかった、か」


「ええ。少なくとも大々的に扇動した、ということはないと思われます」


「外部の実働集団を用意した可能性は?」


「―――……雨天に泥を被らず歩くようなものかと」


ニコイは相槌をうつ。


「となると、外部が主導であると考えた方が良いのか。……だとして、それは何者だ?」

「―――……」


ニコイは半ば叔母からの返答を期待して問いを口にするのだが、フークーもそれには多くを語らず、ニコイは調査が行き詰まった現状を悟る。


「―――……外との繋がりが多そうな大家族は調べられそうか?」


ニコイはフークーに問いかけるがフークーは顔を上げ、首を振った。


後頭で一本にまとめた褐色髪の房がふるふると跳ねた。


「―――……時間に余裕があれば、ひとつひとつを洗うのは堅実でしょう。ですが、いまの我々にはその時間はありません」


ニコイは叔母の意見に「確かにな」と呟きつつも言葉を濁す。


時間がないといえども、現状取れる手段はあまり多くない。


多少悠長ゆうちょうでも地道にやる他ないのではないかと、ニコイは考え込んだ。


「―――……ジレンマだな」


現状の打破には、時間をかける方法と突飛なやり口で突破口を作る、この二つの方法しかない。


普段であれば時間をかける方を選ぶだろう。


しかしニコイは現状、カゥコイという諜報活動の本元とも言える集団と犯人探しを競わなければならなかった。


その事実が、ニコイにその選択をためらわせている。


(―――……調査力は確実にカゥコイの方が高い)


ニコイはため息を付いて髪をかきむしった。


カゥコイにはニコイとは違って、ニコイ・・・よりも・・・早く・・見つけなければ・・・・・・・ならない・・・・という制限がない。


つまり、いくらでも丁寧に時間をかけて調べる選択肢をとるはずだ。


そうなると、人海に劣るニコイには時間がかかる選択肢を取れない。


同じことをすれば、大抵は数が多いほうが早く目標に到達するからだ。


かと言って、博打的な選択肢をとるにしてもその選択肢自体がいまの彼女には見えていなかった。


いまから選択肢を探す時間と、その分の時間を現状にできる調査に回すこと、その両天秤はニコイの中でグラグラと揺らぎつつも均衡きんこうを保っていた。


(―――……何か、もう一つでも要素があれば)


ニコイは苦し紛れに机上に目を向け、先ほどまで眺めていた地図を視界に入れる。


「王族の襲撃が起こったのは『王宮占領作戦』の後、我らが帰還中のこと……」


ニコイは襲撃が起きた場所に大方の目星をつけて置いていた丸い駒石を手慰みに転がす。


「場所は『北の牢獄クギュデン・ウィ・カロゾン』と王宮の中間、つまりオクホダイ領付近。オクホダイと山の民の間に交流は少ない……『火薬アービカ』を使った犯行は考えにくいが、こちらに罪を擦り付ける目的で準備を続けていたのだとすれば、ありえない話でもない……が、結局同じことだな。―――……ダメだ、完全に行き詰まっている」


ニコイがぼやくと、フークーも同様に思ったか思わず、といった様子で鼻から息を吐いた。


「―――……ひとまず、部下に各家族を洗わせますか」


「無理を強いるようで申し訳ない、けれど頼むよ。叔母う……フークーの部隊ぐらいしかそういった繊細なことは頼めない」


あるかなきかの微笑を口元に浮かべたフークーは頭を下げ、出ていこうとする。


しかしその試みは、天幕の外で待機していた部下の一人が慌てて入口の垂れ幕を上げて入ってきたことで失敗した。


「団長、ソチ様より書状が!」


「―――……何?」


ニコイはフークーと顔を見合わせ、部下が突き出した書面を受け取り、広げる。


そしてそこに書かれた内容に目を通し、ニコイは自分の目を疑った。


そこには、貴石教会領で起きた事件に関する調査命令と、そのための滞留許可証が同封されていたのである。


「―――……この時機タイミングに別件?」


ニコイが部下をねぎらって下がらせた後、フークーが怪訝そうに眉をひそめて言った。


ニコイはソチが自身の失脚を望んでいるのかと一瞬勘ぐるが、そんな事をする意味がないことに気づき、考え直す。


彼女の意思で戦団長となったニコイなのだから、その一声でいつでも解雇できる。


(つまり、これは……)


「行こう、フークー。教会の件はきっと、事態の進展に繋がる」


ニコイは不確定ながらもその直感を信じ、教会領へと向かうことを選んだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る