第34話 薪に火を

炎が紅く輝いている。


それは轟轟と風に煽られてゆらめき、光と熱を撒き散らす。


その強い光の根本には火元となった薪が黒い影のように横たわっている。


炎には薪が必要だ。


火種を活かす可燃の端材はざい、光と闇を媒介する乾いた重みが。


火種を生む手段は多いが、薪には大した違いはない。


それは憎しみか後悔か―――……いずれにせよ、強い思いだ。


だからこそ、それらがどのようなものであるかなど、炎を見る者・・・・・は興味を持たない。


なにせ、燃えているものは木片・・でしかない。


それが普通だ。


光り輝く炎を前に、誰がその影の薪を見ると言うのだ。


―――……それでも尚、その薪の正体を探ろうとするならば、その者はきっと、相当に物好きな、変わり者・・・・に違いない。


**


メナは昨日と同じように汗だくで飛び起きた。


まだ朝は早いのか、青白い薄光がまどから差し込んでいた。


顔をしかめて額を手で抑え、頭痛のように頭にこびりついたその光景が行き過ぎるのを待つ。


それは、昨日とは違っていた。


今回の夢は目覚めて尚も、メナにはっきりとした輪郭を保っていた。


その鮮烈な光景を強引に締め出すために、メナは呟いた。


「あの光景は―――……」


呟いた拍子に猛烈な喉の乾きを覚えてむせこんだメナは、急いで水差しの水を煽った。


水が喉を伝い、空き腹に流れていくのを感じた。


喉がひび割れるような痛みも過ぎ去り、彼女はほっと一息をつく。


そして落ち着いてくると、なぜあのような夢を見たのかと考えた。


その答えはいとも容易く出てくる。


メナは思わずため息をついて、寝台に戻った。


カイルという名の少年との邂逅かいこうと、それを気に掛ける村長に聞いた火事の顛末。


メナは、それらが自分にその夢を見させたのだと思った。


そして当然、自分が村長に切った啖呵たんかは忘れもしない。


―――……やるからには、見つけ出す。


冷静に考えれば、うぶな素人が何を言っているのか、という話だった。


しかし、その時のメナはそれに疑念を持つことはなかったし、奇妙なことに今もその気持は変わっていないのだ。


―――……何にせよ、やれるだけのことはするしかない。


彼女はこころに決め、しかし早朝の気怠けだるさに負けて寝台に身を投げる。


薄暗い天井に、少年の顔がかすみのように浮かんで消える。


メナはぼんやりと、少年について考えた。


―――……もし犯人を見つけたとして、それから彼は、どうするつもりなのでしょうか。


メナの目から見た少年は、犯人を見つけるだけで気が済むとは思えなかった。



**



気づけば二度寝にふけっていたメナは外が明るくなった頃、自然に目を覚ました。


そして村長の奥方、ジーナに用意してもらった服に着替え、部屋を出て井戸で顔を流す。


その際、先に起きていたジーナから声をかけられて、服と体調の具合を訊ねられた。


メナは、どちらも好調であると伝え、感謝を告げる。


ジーナは村長同様、気の良い女性のようで「それは良かった」と豪快に笑った。


―――……別にそこまで面白いことではないだろうに。


不遜ふそんにもメナはそんなことを思うが、その彼女の笑いを見ていると、メナも釣られて微笑んでいた。


そんな彼女から食事の話が出た時、メナは用意させていることが申し訳なく感じて、手伝えることはないかを訊ねたのだが、彼女はそれをがんとして受け入れなかった。


「いいの。今はすることもそう多くないし、何もしない方が私はツライのよぉ」


メナは頭が上がらない思いでジーナに礼を言い、ジーナはそれに対して気にするなと手を振りつつも「だけど」と言葉を続けた。


「―――……カイルのことについてはお願いね。あの子は賢いのだけど、思い込みも強いみたいだから」


メナは、急に双肩そうけんに重荷がのしかかったかのような気持ちになるが、今更「できません」などと言えるはずも、言うつもりもなかった。


「―――……できる限りのことはするつもりです」


それは自身に満ちているとは言えない控えめな返答だったが、ジーナは満足そうに頷いて家内に戻って行った。


華奢きゃしゃな母の背中しか知らないメナには、その背中が非常に頼もしいものに見えた。


それからメナはジーナの眼の前で気恥ずかしい食事をとり、部屋に戻って少年を待ち構えた。


少年が訪ねてきたのは、それから少ししてからのことだった。



**



「―――……お姫様、いますか?」


控えめに戸を叩く音と共に自分を呼ぶ声を聞き、メナは扉を開いた。


予想していた通り、まだ頭二つ分くらい背丈の低い少年の姿を見つける。


「そろそろ来るかと思っていましたよ」


メナはどんな話を聞かせてくれるのかと期待しながら、カイルを部屋に招き入れた。


彼を手伝うことに決めたことは少し黙っていようとメナは考えていた。


―――……その方が本質・・を見ることができる。


カイルは、少し緊張した面持ちでおずおずと部屋に入ってきた。


その歳相応な態度が、昨日見た彼の必死な姿をより悲壮なものと感じさせる。


メナは少しでも話しやすい雰囲気を用意するために微笑みをつくり、昨日と同様に寝台に腰掛けて、少年にはあらかじめ用意していた向かいの椅子を勧める。


カイルは少し躊躇ためらって、しかし結局、恥ずかしそうにメナの前に座った。


「何か、見つけましたか?」


俯いたまま黙り込むカイルに、メナは優しく問いかける。


メナは昨日彼に、事件があった証拠を求めていた。


しかし少年は首を横にふる。


「―――……まだ、なんだけど……まずは、あの夜に何があったのか、教えて上げます」


メナはカイルの身に起こったことの概要を村長からすでに聞いていたが、本人の口から聞かされるものはまた違うだろうと、頷いて先を促した。


「お願いしますね」


「うん。あの日は―――……」


少年の口から火事の顛末てんまつを聞き終え、メナは彼の話が大まかに村長の話と同じ話だと思った。


つまりこれは、火事は二度の爆発により引き起こされ、その火事が少年の両親であるスルケ夫妻の命を奪い、その後始末をしたのが村長たち村の大人だという、三つの点に関する信憑性が高いことが知れたということだ。


しかし逆に言えば、いま分かることは「事後の出来事」でしかないということでもあった。


爆発の原因が何なのか、その爆発は人為的なものなのか、それとも偶発的なものなのか、そもそも本当にその爆発が火事に繋がったのか、そういった点が一切わからないままだ。


「―――……これだけじゃ、足りない、ですか?」


少年が心配そうにメナを見上げたのが視界に入り、メナは彼の気を逸らすために、ある提案をした。


「―――……カイルくん、火事の現場に連れて行ってくれますか?」


カイルはその言葉を聞いて、嬉しそうに破顔したのだった。


彼の目はその火事が放火であると信じて疑わない、煌々とした輝きをたたえていた。

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