第31話 火種は未だ小さく
最後の爆発の後、村長と大人たちはこれ以上の延焼を防ぐために家を打ち崩していった。
―――……もう、スルケ夫妻は
あの爆発は、彼らにその現実を突きつけた。
それでも少年はしばらく、両親を助けることを村人たちに懇願した。
―――……お願いだから、助けて。何でもするから。
―――……僕からふたりを奪わないで。
村人たちは、それに何を応えることもできなかった。
少年に両親の死を突きつける残酷な役回りを受け持つ勇気を、その場の誰もが持たなかった。
しかし、少年は本心では理解していた。
あの残酷な閃光と暴力的な熱風が、強烈に彼の脳裏に焼き付き離れなかったからだ。
ただの光と熱ならば、ここまで鮮明に残ることはなかっただろう。
その鮮烈な記憶はそれ自体が、少年が両親の死に
**
泡立つようにデコボコと黒く炭化した家組が残る、かつて少年の家だった場所。
カイルはあれから毎日ここを訪れ、そこに何かが残されていないかを探していた。
そしてこの場所に来ると否応なく、あの日の夜のことを思い出した。
不意に湧き出た映像に顔をしかめ、少年は奥歯を噛み締めた。
そして発作的な記憶の回想を乗り切ったカイルは、火元と思われる納屋のあった位置を巡り、少し灰の下を漁ったりもする。
だが、結局何も見つけられずに、手を真っ黒に汚してその場を立ち去る。
毎日がほとんど、その繰り返しだ。
カイルがそれを止められないことには理由があった。
彼は両親を奪った火事が事故ではなく、放火であったと考えていたのだ。
彼の父は普段から火の気に気を遣っていたし、あの日は雷も鳴っていなかった。
そもそも落雷なら、二度目の爆発はなかったはずだ。
それらの状況もあり、カイルはあの火事が放火であるという結論を捨てることができなかった。
―――……放火であるならば犯人がいる。
彼はそう確信し、現場を調べ始めたのだ。
しかし、今日に至るまで、これといった手がかりは見つけられなかった。
―――……子供の自分では限界がある。
いつからか彼はそう思うようになった。
しかしそうなると、もう一つの問題が彼を悩ませることになった。
―――……村のひとたちは信用できない。
家を焼いた犯人は、彼の両親に恨みを持っていた人物である可能性が高い。
そしてその可能性が一番高いのは、村の人間だ。
カイルはそう信じ、常に周囲を警戒していた。
しかしそれ自体は、気疲れはしたが、困ることではない。
問題は、犯人を探すための協力者を作れないことだ。
カイルを引き取った村長は両親のことを
―――……今は村に司祭さまがいないから、少し待ってくれないか。
葬儀の後、彼はそう言って怒りに震える少年を取りなした。
しかしカイルにとってそれは、村長すらも両親の死に関わっている可能性を感じさせた。
―――……後ろ暗いところがないのであれば、すぐに調べるべきでないか。それが正義なのではないか?
少年はその時、そんなことを言ったように思う。
しかし結局、村長は大きな動きを見せることはなかった。
カイルは村の大人たちを信頼できなかった。
しばらく焼け跡を巡ったあと、喉の乾きを覚えたカイルはいつものように帰路についた。
犯人を見つけ出すためにはここで死ぬわけにはいかないからだ。
あの火事以来、カイルは村長に引き取られ、村長夫妻の世話になっていた。
彼らは優しく接してくれるが、それすらも何かの思惑のように思え、信頼できない。
だが、彼には雨風を防げる場所が必要だった。
故に彼は、村長夫妻の提案をのんで部屋を借りつつも、その思惑には乗らないよう、秘密裏に犯人探しを続けていた。
カイルは、なるべく見つからないように素早く井戸から水をすくって飲み、そしてなるべく音を立てないよう、ワラジムシのように身を低くして家に入り込んだ。
幸い、今日も居間には誰も居なかった。
少年はそのまま階段を駆け上がり、誰にも会わぬよう、自分にあてがわれた部屋へと急いだ。
それは毎日の日課、同じ行動の繰り返し、そのはずだった。
―――……硬ぇなあ。
この日、カイルは廊下を忍び足で進むその途中、誰も居ないはずの部屋から話し声が聞こえることに気づいた。
―――……村長の声だ。
カイルは話し声の中に見知った声を見つけ、部屋の戸に近づいて耳を済ませた。
―――……もしかしたら、放火の犯人についての話かも知れない。やっと尻尾を掴んだぞ。
そんなことを思ったからだ。
しかし少年の思惑は外れていた。
―――……レァお前、姫様をどうするつもりなんだ?
村長が誰かにそう訊ねた。
そしてそれには、カイルが知らぬ低い男の声が応えた。
―――……それは彼女
男の声は緩やかに言葉を紡ぐ。
―――……すべてを失い、
カイルはそこまでの言葉を聞き、とんでもないことを聞いたと思い、部屋の前を離れた。
そして自分の部屋に急いで戻り、静かに戸を閉める。
そこには村長の奥さんが用意してくれたと思しき
―――……お姫様、
―――……
カイルはあの部屋の向こうにいる「姫君」が自分と似た境遇なのだと知り、彼女なら、自分を手伝ってくれるのではないかと思いついた。
村の外から来た人間。
それだけで少年にとっては協力者にふさわしいと思えた。
そしてそう思うと居ても立っても居られず、少年は何度か部屋の中を行き来する。
その時、カイルは盆上の食べ物に気づいて、それを無心で頬張った。
味など、ほとんど感じなかった。
これが食べ終わったら、姫君に会いに行くのだ。
―――……彼女はきっと、僕に協力してくれる。
―――……そうすれば、僕の家を燃やした犯人を見つけられるはずだ。
少年はもぐもぐと顎を動かしつつ、ニヤリと口角を上げた。
その胸中には、あのときのような熱が灯っていた。
日々と共に薄まっていった、あの憎しみの光。
それが再び彼の目に、はっきりと映ったのだ。
**
カイルは扉越しに例の部屋の扉が開いた音を聞いた。
扉をうっすらと開き、外の様子を伺い見る。
先ほどは全身が真っ黒な格好をした男の姿に驚き戸を閉めたが、今回は見知った胡麻ヒゲがそこにはあった。
少年は、今は「灰まみれの姫君」が一人であることを確信するが、もしかしたら誰かが戻ってくるかも知れないと思い、少しだけ待つことにした。
そして誰も来る様子がないと判断した少年は部屋を出て素早く移動し、例の部屋の戸を覗き込める隙間だけゆっくりと開ける。
―――……まだ誰かがいるかも知れない。
そう思うと戸を叩く勇気はなかった。
少年が部屋を覗くと、奥の寝台の上に長く煌めく銀髪が目についた。
少年はその美しい輝きに思わず見とれ、その間から覗く深穴のような黒目と目が合ったことに気づかなかった。
―――……しまった。
そう思ったときには、彼女は声を上げていた。
「誰ですか?」
カイルは気が動転して扉を閉めるが、誤解を解くためには姿を見せたほうが良いと考え直し、改めて扉を開いた。
「―――……驚かせてごめんなさい」
カイルが謝罪と共に部屋に入ると、メナは警戒した表情のままではあったが、子供とわかったからだろう、先と比べると穏やかな声でカイルに声をかけた。
「なにか御用ですか?」
「―――……えーと、あの、さっき話していたことって本当、なんです、か?」
カイルの尻つぼみな言葉を受け、メナは眉をひそめて
「あなたがお姫様ってこととか―――……」
彼女は驚いたようだったが、大きく顔色を変えることはなかった。
「―――……それが、あなたにどう関係するのです?」
カイルは彼女の冷厳な声音に怯むが、意を決して彼女の目を見つめる。
少年の中では、犯人を探すために彼女から協力を得ることが、必要不可欠なことになっていた。
「―――……協力してもらいたいんです」
少年の言葉は、しばらくどこに行き着くでもなく部屋の中を漂っているかのようだった。
しかし、その言葉はメナには届いていたようで、彼女は長い沈黙の後「何に対してです」と疑問を口にした。
「僕は両親を殺されました。犯人を見つけなくてはなりません。でも、僕だけの力では足りないんです!」
一度話し始めると止まらず、少年は叫ぶように言う。
するとメナはゆったりと寝台から立ち上がり、カイルの前にしゃがみ込んだ。
そして彼の目を覗き込むようにして見上げ、フルフルと首を横に振った。
煌めく銀髪が跳ねる。
「それは、わたしには出来ないことです」
カイルは目を見開き、その真っ黒な瞳に何故かと問う。
「―――……お父さんとお母さんはきっと、村人に殺されたんだ。村の大人は信用できない、お願いです!」
カイルは
代わりに優しく丁寧に、自分がなぜ少年に協力できないのかを話し始めた。
「わたしにはあなたに何があったのか、どんな状況に置かれているのか、詳しいことは知りません。村の規則も知りませんし、仮に事件が起きていたとして、その調査や判決の出し方についても知りません。―――……そして何より、わたしは事件について
彼には半分くらい彼女の言葉の意味は、理解できなかった。
しかしそれは理路整然としていて、大人に向けるような丁寧な説明だったことは分かる。
少年は子供心ながら彼女は頭が良いのだろうなと思い、そして子供だからと適当にあしらうことのない彼女の誠実さを知り、尚のこと諦め切ることができなくなった。
―――……このひとならばきっと、茶化さずに一緒に犯人を見つけてくれる。
カイルはそんな確信を深めて、彼女のことをじっと見つめる。
「―――……何でしょうか?」
「―――……どうすれば、協力してくれますか?」
食い下がるカイルの真剣な表情と気迫を前に、メナは困ったように眉根にシワを寄せた。
そしてメナはつと額に手を当て、目を
「―――……少なくとも、あなたの言う事件が本当にあったのか、仮にあったとしてそれがどのようなものだったのかを知ること。それに、村長さんにこの村で事件の調査を許可してもらわない限りは、わたしは動くことはできませんね」
熟考の末の彼女の言葉。
それはあくまでも彼女が「協力することが可能となるかどうか」の条件でしかない。
メナとしては、仮にそれらがあったとしても少年に協力するかどうかは微妙な所であった。
つまりは、彼女は再びやんわりと少年の提案を断ったのだ。
しかし、カイルにとってその条件は、犯人を見つけるための第一歩のように思えた。
彼は素直だった。
「わかりました、頑張ります!」
少年は叫び、部屋を飛び出す。
残されたのは、困惑した表情でしゃがみ込む、さまざまに
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