第26話 犠牲の果て

ニコイはレァが手を叩き合わせた瞬間、メナを包み込むように黒い結晶が生じたことを目にした。


そしてそれが生半な衝撃では壊せないことを直感し、部下たちに怒鳴る。


「―――……離れろ!」


腰にぶら下げていた火薬玉の留め紐を引きちぎり、その黒い結晶に投げつけた。


火よフレマト!」


部下がその場から退き、ニコイが起音を発したのと火薬玉が黒い結晶にぶつかったのはほとんど同時だった。


起爆した火薬玉の鮮烈な閃光と弾ける音が響き、ニコイは顔を覆う。


(―――どうだ?)


もうもうと砂煙が立ち上るなか、ニコイはその煙の中に黒い影を認め、ため息をついた。


「―――……やはりか」


呟き、煙の側に立つ男を睨みつける。


この男がいる限り、自分たちの目的は達せられない、その確信があった。


「イカコお得意の火薬玉か、以前見た時よりも威力が増しているように見えるな」


爆発のすぐ側にいたのにも関わらず、彼は何事もなかったかのようにそこに立っていた。


そればかりか、今の爆発に関する品評までする始末。


ニコイは仏頂面を浮かべ、手言葉で部下に彼を取り囲むように指示を出す。


ニコイの部下はよく訓練されていると彼女は自負していた。

その自負は決して自惚うぬぼれではない。


「―――……後悔するぞ」


ニコイの言葉に、彼は鼻で笑う。


「それはどちらが?」


「抜かせ!」


ニコイの号令に、連携した部下がレァに斬り掛かる。


得体の知れぬ「石の法ニュトス」を使うとはいえ、包囲攻撃をひとりで対処するのは通常ならば不可能だ。


(やつも人、数でせば……)


ニコイはこの時、まだレァという存在を誤解していたと言える。


このテネス・レァと名乗る男は、人という規格に収めるには、あまりにズレすぎだった。


闇よレマティ、壁に」

レァが再度の起音インティを口ずさみ、その瞬間にニコイとその部下たちを分断するように、地面から黒い結晶の壁が伸びた。


見上げてもその上限が見えないほどの黒を前に、ニコイは自身の理解の甘さを突きつけられ、目の前の男に毒づく。


「人外め……」


レァはそれに反応し「よく言われる」と薄く笑う。


「聞かせろ、なぜあの姫君につく? 私たちなら、貴様をもっと上手く使える……あんなボンクラの『水の民アタナティス』よりな」


二人きりで対面するような形になったニコイは、半ば諦め気味にレァに疑問を投げかけた。


わざわざ彼女を助ける動機はどこにあるのか、それを知りたかった。


依頼・・ということもあるが……正直、最後まで迷った。あれの目は死んでいたからな」


レァは言下に壁とは別の黒い結晶を周囲に生成していく。


「だが、厄介なのは依頼主だ。そいつは物事の本質を見抜くを持っていた。―――となれば、あの姫君を救うことには意味がある・・・・・ということだ。そうなると、俺は何かを見落としていることになる」


話しているうちにも黒い結晶が密度を増していく。


ニコイは、彼の不気味な力を前に、自身にできる限りの手立てを考える。

しかし彼の力はあまりに得体が知れず、広範囲で、無尽蔵むじんぞうだった。


レァは言う。


「そして確かに、俺は見落としていた訳だ。あれは死人の目ではなかった」


ニコイは苦し紛れにそれを揶揄やゆして笑った。


「随分と詩的な男だな、それでは何だ? 今度はヒバリの美しき瞳だとでもうたうか?」


「それも悪くはないが……あれはそんな可愛らしいものじゃない」


いよいよレァの姿が黒い結晶に覆われて見えなくなったその間際に、ニコイは暗黒の隙間から彼の黒い瞳を見つけた。


まっすぐと彼女を見つめるその瞳はなぜか、周りの結晶よりも深く、黒いものに見えた。


「―――あれは理想・・のぞむ、灰色の目・・・・だ」


ニコイはその声を最後に、辺りを囲っていた黒い結晶が全て砕け、空に溶けるように崩れていくのを目撃する。


そしてそこにはメナの姿もメナの姿もなく、彼らが去ったのだという事実だけが非現実的な実感と共に残った。


黒い壁は見る間に消えていき、そこに部下の姿を見つけたニコイは、気づかぬうちに留めていた息を一気に吐き出す。


(殺されなかったのはせめてもの救いか……)


「―――ニコイ様」


ニコイの副官が彼女の元に駆け寄ってくる。


「―――クー、どうしたものかな、これは」


ニコイは、副官に苦笑混じりに問いかけた。


後一歩のところで王女メナの確保を逃した。


そこには直接的な被害はなかったが、祖母のソチの計略を考えるに、今後の展開が少々面倒なことになる。


「―――……テネス・レァの介入の報告が第一でしょう。あとはソチ様の判断次第になりますが」


副官クーの予想通りの返答を聞きつつ、ニコイは半ば途方に暮れて深くため息をついたのだった。

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