第22話 文色が分かつ頃_2

「―――メナ様!」


メナは唐突に強烈な閃光で視界が一瞬白く染まり、目を閉じる。

そして背中に何かがぶつかったのを感じたのと同時に、馬車から吹き飛ばされた。


何もわからぬままに頭を包まれ、長い浮遊感を味わった後、地面に叩きつけられた衝撃でメナは我に返る。


(―――何が)


考えるうちに衝撃と共に聞いた轟音を思い出し、それがあたりにただよったげつく匂いと結びつく。


「火薬……っ」


メナは慌てて身体を起こそうとする。


しかしその時、彼女の背中から何かが地面にずり落ちた。


「―――……」


メナは嫌な予感がして、ゆっくりと視線を向けて絶句した。


「ギノー、そんな―――……」


メナは慌てて彼女の肩を掴んで揺すり、声をかけるが、返事はない。

彼女のひたいを伝って血はしたたり、地面に赤い染みを作った。


「主人をかばって死ぬとは、不幸だが殊勝しゅしょうなものだな。馬鹿馬鹿しいが、おかげで助かったよ」


メナは聞こえてきたその声を振り仰ぐ。


「何が……っ!」


視線の先にいた彼女の全身は赤黒い班で覆われていた。


返り血だろう。


それが誰のものなのかは、確認するまでもなかった。


彼女の冷たい翠眼すいがんが、メナを見下ろす。


「何を怒っている、セプ・アタナティスアタナシスのヒメ。これは、お前が選んだ結果・・・・・だろう?」


それは違う。


メナは口を開いて、しかし何かに引っ掛かって言葉に詰まる。

頭の片隅に金色の光が煌めき、その色が彼女の瞳を思い出させた。


(鴉羽の使者―――……)


彼女は確かに選択肢を示した。


(―――わたしたちは道を選んで・・・いる)


間違えたのか。


(あの時、意地でもカゥコイ家に向かうべきだったと……)


何も言えずにギノーを抱えてうつむくメナに、彼女は冷たく言い放った。


「―――無様だな。まあ、所詮は卑怯者・・・の直系、無理もないか。―――安心しろ、お前はまだ殺さない。イカコ・ネフター・ニコイの名においてちかおう。さあ、く立て」


メナはかろうじて顔を上げ、彼女を睨む。


「どうして―――……」


「立て」


メナはギリと歯を食いしばり、ギノーを地面に横たえた。


メナは彼女の眠るような横顔に謝る。


(ごめんなさい、わたしの所為せいで―――……)


メナはよろよろと立ち上がり、その間を埋めるようにニコイに訊ねる。


「わたしがここに来ると知っていたのですか?」


ニコイがそれを「話すと思うか?」と鼻で笑ったのを聞き、当然かとくちびるを噛む。


対してニコイは少し考える素振りを見せ、考え直したのかニヤリと笑った。


「―――……まあ、これくらいは話してもよかろう。正直これに関しては、賭けだったものでな、当たった今は気分が良い」


「―――賭け?」


メナはさりげなく半身を引いて腰の剣に手を当てつつ訊ねる。


「城内に入った筈のお前たちが見当たらない。一人ならともかく三人もまとめて見失ったとあれば、抜け道でもあると考えて、その後の動きを予想すれば良い……抜け道を探す方が手間だ。救いを求める姫君の行き先としては、教会が一番妥当だろうよ」


メナはそれに空返事をしながら、今後の動きを頭の中で試行していた。

ともすれば、これから自分が行うことは、彼らの思いを無碍むげにすることだ。


(―――だけど)


メナはドゥカイに教わった術を思い出し、身体に神経を集中させる。


メナにもわかっていた。

ドゥカイが敵わなかった相手に、自分がかなうはずがない。


(それでも!)


メナはかたきを見据え、一気に踏み込んだ。


メナが放った居合いは鋭く、ニコイの胴体に吸い込まれていく。


不意をついた渾身こんしんの一撃。


(入った!)


彼女はそれを確信する。


しかし―――……


「遅いよ」


ドス、と重たい衝撃を腹部に感じ、メナは地面に転がった。


訳もわからずうなることしかできないメナの頭の横にしゃがみ込んだニコイは、メナの髪を掴んで持ち上げる。


メナは呼吸もできないような痛みにもだえながらも、彼女の声をはっきりと聞いた。


「―――話も聞かず、時間稼ぎをした挙句の不意打ち。やはりお前は、卑怯者の末裔まつえいだ」


そのまま投げ捨てられるように地面に転がされたメナのほおを冷たい涙が伝った。


無様に転げられたメナを尻目に、ニコイは部下にメナを運ぶように指示をだした。


それに従って幾人かのイカコ兵が整然と動き出す。


(あぁ―――……)


メナの元に近づいてくる彼らの足音を聞きながら、メナはどうしてこんなことになってしまったのかと、自問自答を繰り返す。


気が遠のいていく中で、メナは鴉羽の使者に提示された選択肢を思い出して目を閉ざした。


(―――やはり、初めから我が身を差し出すべきだったのでしょうね)


目を閉じる間際まぎわに見えた明けの空は、白々しいほどに晴天だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る