第21話 文色が分つ頃_1

振り返ったメナの視界に入ったのは、翡翠ひすいのような新緑の鋭い瞳だった。


その女は派手に染められた絹織物を重ね着にして、ついでのように黒い外套を上から羽織っている。

年齢は自分と大差はないように見えるが、立居振る舞いはその見た目以上に貫禄があり、やけに大きく見えた。


メナは彼女の使った自分への呼称とその格好から、その素性すじょうを導き出す。


「―――山の民イカコの者ですね」


メナの問いかけに、彼女は応えない。


しかし代わりに、その手に引きずっていた何かをメナたちの馬車に投げ入れた。


馬車が揺れるほどの衝撃があり、メナは肩を強張こわばらせた。


当然のように軍用格闘技術ラ・アエ・バータを用いているばかりか、彼女は明らかに周りの兵たちを率いる者の振る舞いをしている。


彼女がこの集団の長であることは疑いようもない。


「返そう」


メナは彼女の言葉と共に投げ込まれたものに視線を向ける。

メナは初め、それが何なのか認識することができなかった。


しかし、その正体が徐々に頭に染み渡っていくにつれて、怒りが沸々ふつふつと湧き上がってくる。


「―――……悪趣味な」


その濃密な血の匂いに、ギノーが口元を覆った。


それは、死体だった。


彼が着ていた革鎧は赤く染まり、彼の顔は酷く腫れ上がっていて、かろうじてそうだとわかる程度だった。


だが何故か、メナにはそれがであることを疑いようがなく思えた。


(セジン―――……)


連鎖的に、先ほど投げ捨てられるように道を塞いでいたのも彼だと分かり、メナは彼女を睨みつける。


「なぜ、このような―――……」


「なぜ?」


彼女はメナを睨み返し、憎々しげに吐き捨てる。


「そいつは私の部下を三人も・・・殺した、殺されたとて文句は言えまい―――……確かにこれは意趣返しでもあるが……警告でもある。余計な真似はするな。お前たちもこうなりたくはないだろう?」


言われ、メナは言葉に詰まる。


しかし代わりにドゥカイが吠えた。


「黙れ、逆賊ぎゃくぞくが倫理を語るか!」


彼は馬にむちを入れていた。馬は混乱していななくと、そのまま走り出す。


「っ!?」


メナは慣性で体勢を崩す中で、ドゥカイの姿がないことに気づく。


「―――ドゥカイ!」


メナは叫び振り返るが、そこにはイカコの伏兵に斬りかかる彼の背中が見えた。

メナは馬を止めるか迷う。


道を塞いでいたイカコの兵たちは、猛然もうぜんと駆けてくる馬車を避け、道を開けた。


(包囲が……!)


メナは奥歯をギリと噛み締める。何もできない自分が心底憎かった。


「―――ギノー、背後の警戒をお願いできますか」


ギノーは青い顔だが、真っ直ぐにメナの目を見つめ返し、頷いた。


メナは飛び移るようにして御者台に座り、手綱を掴む。

そしてしばらく目を瞑り、唇を噛んだ。


ドゥカイの時間稼ぎを無駄にはできなかった。


(いまは、とにかく遠くへ―――……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る