第16話 薬木の林_2

「―――……?」


森を見つめるメナの視界を小さな白い影が横切り、彼女は思わずそれを目で追いかけた。


白絹しらぎぬを思わせるその正体を彼女は知っている。


夜舞蛾イラソーガス……」


夜舞蛾はその名の通り夜に舞う白いで、その名前の由来になっているように蛾寄木を好み、寄ってくる。


いわゆる害虫だ。


「苦手ですか」


ドゥカイはメナの呟きを蛾に対する嫌悪と捉えたのか、チラリと振り返った。


「いえ。ただ……目立つな、と」


「遠目に見る分には綺麗ではありますがね。葉を食うのはいただけませんが……」


メナは行き交う白い影を目で追いながら、ドゥカイに訊ねた。


「やはり、駆除は難しいのでしょうか?」


「どうでしょう。ですが、木の管理にうるさい教会の管理下でも出るということは、つまり、そういうことなのでしょうな」


難儀なんぎなものですね……」


話しているうちに白い羽ばたきは視界から消え、メナは正面に向き直る。


丁度そのころ、蛾寄木の林が途切れ、例の森が近づいてきた。


整備され、人の手の入った見通しの効く蛾寄木の林とは違い、その森は見るからに自然のままの森であり、見通しも悪い。


そしてこの森からは王領ではなく、教会領。


何かが起こるとすればここだろうと、三人は事前に話をしていた。


「ギノー、起きてください」


メナは横で眠る侍女の肩を軽くゆすった。彼女は直ぐに目を覚まし、はにかむ。


「ごめんあそばせ、つい……」


「慣れぬことをさせていますから、無理もありません」


「姫様とて、お疲れでしょうに」


メナは苦笑する。


「わたしは……多少の体力作りはしていますから」


実際、彼女はドゥカイの指導の下、多少の護身の術を身につけている。


だが今回の件に関していえば、普段の不摂生で徹夜に慣れている、というだけの話かも知れなかった。

それは何となく言いはばかられて、メナは彼女から目を逸らした。


純粋な尊敬の念を向けられることが小恥ずかしかった。


「―――いよいよですね」


メナは緊張を誤魔化すように呟く。


大丈夫だ、何も問題はない。間違えてはいない。


幾度いくども、自分にそう言い聞かせ、手をさすった。


その不安が伝わった訳ではないだろうが、ドゥカイは皆に一度深呼吸することをすすめた。


「こういう時こそ、落ち着きましょう」


その言に従い、メナは息をついて目を閉じる。


しかし、そのまぶたの裏に、あの白い燐光りんこうがこびりついて気が散った。

なぜか頭から離れない、あの白色。


それはどこか、城で見た松明の灯りに似ていた。

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