第15話 薬木の林_1

メナたちは話し合いの末、教会領へと馬車を向けていた。


ドゥカイとギノーが結託けったくして「あまりにも怪しすぎる」とメナがカゥコイ家に向かうことを止めたのだ。


その点、教会領はドゥカイが初めから候補に入れていたらしく、メナはそれを受け入れた。

いずれの道を選ぼうと、けであることには変わらない、そう思ったからだ。


(何にせよ、警戒はおこたれませんね……)


その点、月が明るいことは都合が良かった。


明るければそれだけ、道を外すことなく馬車の速度も出せる上に、曖昧あいまいだった現在位置を景色から推察すいさつすることができるからだ。


この道がどこなのかを探るために辺りを見渡していたメナは、なだらかな田園畑の向こうに背の低い人工林の姿を見つけ、そこが教会領とギノリンダス領を結ぶカトチーニ公道であるという確信を得た。


「―――蛾寄木ガスキュリヨリの林が見えますね」


メナの呟きに、しばらく誰も反応を示さなかった。


ギノーは疲れ果てたのか隣で寝息を立てていた上に、ドゥカイも物思いに沈んでいて、周りに注意を向けられていない様子だった。


しばらくして我に返ったドゥカイが、前方の低木林を確認して呟く。


「蛾寄木……ああ、確かに」


「彼女の示した方向は合っていた、ということでしょうか」


「―――そのようですな」


ドゥカイは微妙な表情で頷いた。

彼がまだ彼女のことを怪しんでいるのだということは明らかだった。


メナはそれに気づきつつも、何も言わなかった。


そもそも彼女自身が「鴉羽の使者」の言葉を信じ切れていなかった上に、いまさら方針を変えることもはばかられたからだ。


(いまのところ、追手はないけれど……)


このままでは余計なことを考えてしまう。


そう思ったメナは、気を紛らわすために近づいてきた低木林に目線を向けた。


この林は教会の管理下にある人工林だ。

実際には、ここはまだ王朝の直轄ちょっかつである王領なのだが、教会が蛾寄木の生育、管理を行うことを許している。


要は、王朝の監視がついている、ということになっているが、実際的には教会の所有地のようになっていることは否めない。


この面倒な管理体制になった背景には、かつての利権争いがあったとぼんやりと記憶していたが、メナはそこにはあまり興味がなかった。


だが、それだけこの林は、この国と教会にとって重要なものであることは間違いない。


メナは横目に、したたる雨粒のような葉を見て肩をすくめる。この木の花が強い薬効を持つという話は、この国では誰でも知っていることだった。


(正直、万能薬・・・など眉唾ですけれど……)


蛾寄木は厚ぼったくつやがあり、細長い緑の葉をつける常緑の低木だ。


みきは灰色でシワが少ないのが特徴で、その先に伸びる枝は細く、あみのように広い。


空気を掴もうと枝を拡げるその様は、どこか人が手を伸ばす姿にも似ているとメナは思う。


そしてそれが何となく、自分を捕まえようと伸ばされている姿にも見えて、メナは木から目を逸らした。


「―――……教会は受け入れてくれるでしょうか」


メナがため息と共に問うと、ドゥカイも息を吐き、「そう、願います」と短く応えた。


(信じる他ありませんが……)


メナは不安を抱えたまま、道の先を見つめる。


その先には、深い森が見える。


深緑に満ちた、教会領への最も大きな障害だ。

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