第14話 夜闇と星光_2

馬の鼻息がメナの耳に届き、そこにそれが実在するのだと認識すると、じわじわと驚きが胸裡きょうりに拡がっていくのを感じた。


「―――夢、ではないですよね?」


メナの呟きに、ドゥカイとギノーは共に頷く。


「『石の法ニュトス』、でしょう。ここまで強力なものは初めて見ますが……」


ドゥカイがため息混じりにこぼす。その息は少し震えていて、メナはそれを聞いてやっと、彼も緊張していたのだという事実に思い至った。


思えば、彼の先ほどまでの彼女への態度は、その裏返しだったのだと今なら思える。


歴戦の戦士がそれほどにまで取り乱すほどの得体の知れない存在。


(鴉羽……彼女は、意味はない・・・・・と言いましたが……)


メナが鴉羽の使者の正体について考え込むその隣で、ギノーが馬車歩み寄って言った。


「―――これを使え、ということでしょうか?」


やつの言葉を信じるのであれば、そうでしょう」


ドゥカイも馬車に近づいて、そこに繋がれた栗毛の馬に優しく手を触れた。


その馬は人馴れしているのか、嫌がる素振りを見せない。多少の身震いはするが、むやみに暴れるようなことはなかった。


「少なくともこの馬は使えそうだ……脚があれば、移動は格段に楽になる」


「ということは、あの方の話は事実だったのではございませんこと?」


「いや、そうとも限らない。南部カギュデン戦線でのことなのだが―――……」


メナは、ドゥカイとギノーのやりとりを聞きながら、彼らの今後を考えて密かにため息をついた。


(どう伝えたものでしょうか……)


メナは鴉羽の使者の言葉は嘘ではないと思っていた。


意図的に何かを隠している様子はあったが、騙して何か利益を得ようといったような言動ではなかったからだ。


だからこそ、現状メナたちが考えねばならない問題は「教会領」を目指すか、「カゥコイ領」を目指すのか、この二択である。


そして、メナはある一点から、一つの結論を出していた。


「二人は、わたしを見捨てる気はありませんか?」


メナのその一言の効果は絶大で、ふたりの話し声は一瞬で止んだ。


しばらく沈黙が続いて、メナは自分の考えを打ち明ける。

鴉羽の使者の話を聞いてから、ずっと考えていたことだ。


「わたしは、彼女の話はある程度は事実だと思います。事実、わたし達は城を襲われて逃げてきていますし、それがカゥコイ家とイカコ家にるものだと考えれば、少なくとも納得はできます……ですが考えてもみれば、そもそも、真偽はどうでも良いのです。城を失った時点で、わたしはすでに権力を失った無用な―――……」


話しているうちに、さまざまな思いがないまぜになり、不安と涙が込み上げてきて、彼女は思わず言葉を詰まらせた。

それでもそれらを押し込めて言葉をつむぎ続けたのは、これまで彼女に仕えてくれていた彼らの命を無碍むげに扱いたくはなかったからだ。


「―――無用な女でしかありません。そうなると、あなた達がわたしのために働く理由はないでしょう?」


「それは―――……」


ドゥカイが言いよどんだのを見て、メナは重ねて言う。


「彼女の助言は確かに不自然ですし、完全に信頼できるとも思えません……ですが、カゥコイ領への誘導があった以上、意図はわかりませんが、カゥコイ家の関係者である可能性は高いように思えます。

 二人はすでに顔が割れていますし、わたしが向かわなければあなた達に危害がおよぶかも……それならば、あなた達とはここで別れ、わたしだけがカゥコイ領へ向かうのが最善ではないでしょうか?」


たとえ彼女の話が嘘であったとしても、それなら二人は無事でいられるのではないか。

嘘でなければ自分も生き残れて完璧ではないか。


それは、自分に言い聞かせる建前のようでもあり、本心のようでもあった。


だが、それを区別する必要はないはずだ。

死んでほしくないという思いは確かなのだから。


対して、ふたりは一度、顔を見合わせた。


そしてメナに向き直ると、烈火れっかごとく怒り出した。


「あなたは、私たちが権力に集たかる見苦しいはえとでも思っていらっしゃるのですか?」


「まったくでございます。失礼ながら姫様、あなた様は頭が硬すぎるように存じます。そもそも、そのようにしてまで生き残りたいのであれば、初めから付いてきてなどおりませんわ」


メナはうつむき、ギリと奥歯を噛み締める。こういう反応が返ってくると、思っていた。


「―――……自身の命を犠牲にしてまで他人を守ることに、何の意味があるというのです?」


メナが絞り出すように言葉を吐き捨てると、彼女は突然、ふわりと柔らかいものに身体を覆われた。


それがギノーであると気づいたのは、彼女の声が耳元で聞こえたからだ。


「お言葉を返すようでございますが……それなら、えて姫様が命をす必要もないはずでございますわ?」


メナが何も言えずになされるがまま立ちすくんでいると、ドゥカイも苦笑混じりにメナに言った。


「それに、私たちが姫様を犠牲にした上で生き延びたとあっては、先に逝いったセジンに申し訳が立ちませんよ」


メナは抱かれたまま空を振り仰いだ。

暗い夜闇に瞬く星が見える、静かで美しい空だ。


「―――……カゥコイ領に向かうことでわたしが酷い目に遭うとは限らないと思うのですが……少なくとも彼女は命の保証はしていました」


「―――と言われましても……私としては、カゥコイ領は怪しいとしか思えません。あの女にしても、もうどうにでもできるから我々をもてあそんでいる、趣味の悪い女としか……」


ドゥカイの苦言を聞き、メナは諦めて苦笑する。

ギノーの肩を軽く叩いて引き剥がし、ふたりを視界に納めてはにかむ。


「―――……あなた達の覚悟を軽々けいけいに扱いすぎていたようです。わかりました、とりあえず……二人の意見を聞きましょう」


仄白ほのしろく光る月と散りばめられた無数の星々。

それらを湛たたえた更けの夜。


星々は、彼女たちの行く末を見届けるように、頭の上でまたたいていた。


そしてその下で、彼女達は今後の道を決める。


その道の正誤は、誰もわからない。



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