第13話 夜霧と星光_1

「教会領はともかく、カゥコイ領ですか?」


選択肢にもなりはしない、矛盾しているではないか。

メナはそう思って顔を上げ、彼女の瞳を見据えた。


平然と見返すその瞳には、メナの髪の銀がちらついている。

鏡のようにメナを見返す彼女の瞳は一切の揺らぎがなく、その内面は何も読み取れない。


「―――……それは、冗談ですよね?」


メナの問いに、鴉羽の使者は「どうでしょうね」と微笑んだ。


メナはそれを見て目を逸らしたくなった。見惚みほれるような微笑のはずなのに、なぜか刺すような冷たさを感じたからだ。


「ですが、そこまで馬鹿げた話ではないですよ。カゥコイ家の当主は知っていますね?」


言われてメナは、真面目でいつも不機嫌そうな顔をした男のことを思い出して、頷く。


「彼は別に、王族を殺せ・・とは言って・・・いません・・・・でした・・・から……余計な抵抗さえしなければ、従者のお二人も助かるでしょう」


「―――……言って・・・いた・・?」


メナが聞き返したことに対して鴉羽の使者が少しは戸惑うと、彼女は思っていた。


しかし彼女は、平然と返事をする。


ええ・・


メナはそのとき、ドゥカイの剣にかけられた手が、ぴくりと動いたのを見落とさなかった。


まだ聞きたいことがあったメナは、手を掲げてドゥカイを制する。


鴉羽の使者がカゥコイ家に連なる者であることは確かだったが、彼女がそれをうっかり・・・・話したのだとはとても思えなかった。


「なぜ、あなたは私に助言を?」


もしも鴉羽の使者がカゥコイの手駒なのだとしたら、助言と称して罠を張るより、直接メナを捕えるなり、殺した方が効率がよい。


そしていずれにせよ、彼女にならそれは可能・・なはずなのだ。


「物事には大抵、理由があるもの……たとえ他人にとってはくだらないものでも、自分にとってはそうではない、そんなことがほとんど、でしょう?」


唐突に問われ、メナは頷いた。特に否定する理由もない。


鴉羽の使者は言う。


「私には『鴉羽の使者』を名乗って姫様に助言を与える『理由』がある、それだけです」


「裏切り、と捉えても?」


彼女は微笑む。


「どちらでも。私が何を言ったところで、怪しいだけでしょう?」


メナはそれを暗に認めて一時黙り込む。


一陣の風が吹き、メナの銀髪を巻き上げた。

それが合図であったかのように、いつの間にか懐中時計を取り出していた彼女が呟いた。


「―――……時間ですね」


彼女が去ろうとしていることを察したメナは、それを呼び止める。


「待ってください―――……」


しかし彼女の姿は急速に薄れ、徐々に見えなくなっていく。


「時間はあまりありません。今は夜闇があなたを隠してくれますが、じきに夜も開けるでしょう。どの道を選ぶのかはあなたの自由ですが、その先に彼の姿・・があることを、私は願っていますね」


それはどこか、予言めいた言葉だった。


「それはどういう……」


メナが問いかけた時には、彼女の姿は道から消えていた。


そして代わりに、何もなかったはずの道端みちばたに繋がれた馬と、それを繋いだ馬車が留まっていたのである。

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