第12話 鴉羽の使者_3

さらさらと断続的な流水の音、鈴虫の声。


出口に近づくにつれてそれらの音は大きく、はっきりと聞こえてきた。


閉塞へいそく的な洞窟から抜けられることが少しだけ彼女たちを活気付かせ、足取りを軽くする。


「もう長いこと地下に暮らしていた気分ですわ」


ギノーがしみじみと呟き、メナは思わず小さく笑った。


「そうですね。外の空気が懐かしく感じます」


実際にはどのくらいの距離を歩いていたのか、それは定かではない。


しかし、相当な時間を地下で過ごしたことは確かであった。


メナは前を歩く鴉羽の使者を見るが、彼女は三人の話など聞こえないかのようにどんどん歩いていく。


彼女は遅れじと、少し足を早めた。


程なくして、彼女たちは洞窟を抜けた。


風の音が耳を横切り、より強く漂ってきた草と土の香りは、力強く空へ伸びるあしが放ったものだった。


その横にはさらさらと夜空を映した黒い水が絶え間なく流れている。

そこは大きな河川の側だった。


「カトチーニ河……存外遠くまで来ていたのですね」


「こちらです」


余韻よいんひたる間もなく、鴉羽の使者は葦原に空いた細い道をスルスルと辿たどっていく。

彼女たちが付いてきているのかの確認など、一度もしなかった。


メナがその後を追おうとしたところに、ドゥカイの耳打ちがある。


「―――今なら逃げられます」


メナは首を振った。


「無理でしょう、私にだってそれくらい、流石にわかりますよ。それに、わたしの考えは変わっていません」


メナの微笑に何を見たか、ドゥカイは大人しく引き下がる。


しかしその手は油断なく剣のつかにかけられていたことをメナは見逃さなかった。

ドゥカイが身を引く直前、視線の隅に見えたギノーの顔はやはり、ドゥカイと同じように不安げである。


彼らの気持ちもわかる。

メナとて確信があるわけではない。


だが、現状で自分たちにできることがほとんどないこともまた、事実である。


(いまは、少しでも情報を手に入れなければ……)


メナの思惑を知ってか知らでか、鴉羽の使者は相変わらず反応を示さない。


本当に彼女は信頼できるのか。


幾度目かの自問を押し込めて、メナは彼女の背中を追いかけた。



「さて」


鴉羽の使者が立ち止まったのは、葦原を抜けて小高い坂を越え、開けた場所に出た時だった。


踏み固められた車輪跡が残った幅の広い道。

その上に足を踏み入れた彼女は、メナに振り返る。


傾月けいげつが彼女を背後から照らし、その影がメナの足元に伸びている。


メナは影の先で煌めく二つの双眸そうぼうを見据え、彼女の言葉を待った。


すると鴉羽の使者は、ゆったりと道の先を指差した。


「私に示せる道は二つ。―――一つは、貴石教会領・・・・・へと至る道」


その言葉はどこか予言じみていて、現実味がない。


「そしてもう一つは―――」


鴉羽の使者は、逆の手で道を指す。


「―――カゥコイ領へと至る道」


その時、メナを見つめる金色の瞳が、カンテラの揺らぎを受けてらんと光った。

メナはそれを受け、戸惑いながらも彼女に向けて口を開いた。

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