4.薬草ハンター影勝(1)

 影勝がホテルに戻った同時刻、椎名堂の店内では碧が棚の商品の整理をしていた。店は縦長で一〇畳ほどの狭いスペースだが壁面は全て棚になっており、また薬の袋や瓶が小さいため商品は大量にあるのだ。葵は一番奥のレジがあるカウンターでギルドに納品した分の帳簿をつけている。


「お、おかあさん、近江君にはなにか?」


 問われた葵は帳簿から顔を上げた。


「職業は視えたわね。イングヴァル・ジグリンド・リーステッドだって」

「や、やっぱり、一緒だ。どんなスキルなのかな」


 碧の顔がぱぁっと明るくなる。


「そうなんだけど、名前の最後のリーステッドって私の記憶が確かなら綾部ちゃんの職業もそんな名前だったはず」

「え、えええ!? ギルド長さんと?」

「綾部ちゃんに話をしたほうが良いかもしれないね」

「ででででも本人に内緒は、どうかと思う」


 碧は手に持っていた瓶入りの薬をぎゅっと握る。いちど帳簿に目を落とし口をゆがめた葵はぐっと背伸びをした。帳簿がよろしくないのだ。


「探索者が持ち帰ってくる薬の原料が減る一方で、これだとそのうち調合ができなくなりそうだし。その件も含めて話をしないといけないのもあるからね」

「そ、その話は今日ギルドでした。ギルド長さんもそれは心配してて、特別依頼をかけようかって話になったよ」

「依頼を受けてくれる探索者がいるといいんだけどねぇ」


 葵は小さくため息をついた。

 ダンジョン黎明期は医学が未熟で化学的製薬創薬よりもダンジョンからの原料で薬師が調合するほうが多かった。だが、医学の発展により薬師の調合よりも安価で安全に創れない薬品メーカーの薬が主流となっていった。そのことにより全世界的に薬師が減っており、後継者がいないために廃業するなどが相次いでいる。森林ダンジョンで原料となる薬草類が期待できるここ旭川ダンジョンでさえも薬師が減っているのだ。

 老舗たる椎名堂は碧がいるので後継者には困っていないがギルドに納入される原料の減少はいかんともしがたい。原料がなければ薬も創れない。


「植物に詳しい特別なスキルでもあればいいんだけど」


 葵はぼやく。ダンジョンが発生してから百年が経つが、そのようなスキルは存在しない。影勝の中の人物のあれはスキルではなく知識なのだ。


「く、工藤さんが二日酔いの薬がほしいって言ってた」

「大人気の二日酔いの特効薬は化学じゃ創れないのよね」


 ダンジョンの植物の中には即時アルコールを分解してしまう、恐るべき酵素を持ったものもある。ソマリカの木の実がそのうちの一つで、一番採取しやすいのだ。採取場は森の奥。


「ともかく、明日は店を閉めてギルドに行こう。綾部ちゃんの都合も聞いておかないとね。碧も同席するんだよ?」

「え、あ、はーい」


 碧が返事をしたと同時にガラッと店のガラス戸が開く。化粧ばっちりの若いお姉さんが入ってきた。


「こんちーす。ままさーん、二日酔いの薬ってあるー?」

「わざわざ来たとこ悪いんだけど、あいにく売り切れのままさ」

「えーー! あーれがないと翌朝に酒が残っちゃうんだけどー」

「そういわれてもねぇ。原料が入ってこないからどうしようもないのよね」


 葵も困り顔だ。二日酔いの薬を求めているのは夜の商売の人間であったり普通のサラリーマンであったりと一般人もいる。


「二日酔い用のポーションって、ないっしょ?」

「ポーションは錬金術師の領域ねー」

「あ、そーだっけ?」

「薬は薬師、ポーションは錬金術師。ポーションでも作れないことはないだろうけど、ともかく原料がねー」

「がーん!」


 お姉さんはわかりやすくショックなポーズをとった。薬の原料不足は深刻になっていた。 翌日早朝。影勝の姿はダンジョン一階の森の中にあった。昨日、椎名堂から宿に逃げ帰ったあと、こっそり持ち帰った枝を削り、お手製の矢を作っていた。枝を削っただけの、矢というよりは尖った棒であるが。早くその矢を使ってみたかったのである。子供か、と言われそうだが影勝はまだ子供といわれるギリギリの年齢だ。


「今日はコンビニで昼ご飯と飲み物も買ってきたし、夕方まで稼ぐぞ!」


 稼ぐぞ、と言いつつも自分で作った矢の試し打ちがしたいだけだ。新しいおもちゃを買ってもらった子供と一緒である。

 リュックから短弓と昨日削り出した枝の矢二〇本を取り出し、矢筒に入れる。もちろんスキル【影のない男】は発動している。

 鬱蒼とした森の中でも少し見通せる場所を探し、標的となる木を定めた。削り出した木の矢を一本取り出し目標に向かって短弓を構えた。


「……なんだこれ」


 影勝の視線に、矢の先から湾曲に伸びる線が見えた。その線の先は目標の木の幹を大きく右に外した隣の木に伸びている。短弓を左右に振ると、その線も同じように振れる。


「……もしかすると、矢の予測ラインか? 試してみよう」


 影勝は短弓を左に動かし予測ラインと思われる線を目標の木に当たるように調整する。ピタリと合ったところは目標の木とはてんで違う方向を向いている。これでいいのか?と思う影勝だがまぁ実験だと意識を変える。息を吐き、そこで吸息を止め矢を射った。矢は予想ラインの通り大きく右に湾曲して飛翔し目標の木に突き刺さる。


「当たった!」


 スキル【必中】を獲得しました。

 影勝の頭にアナウンスが流れた。


「ちょっ、マジかっ!!」


 影勝は思わずガッツポーズをとってしまった。【必中】があれば、望む場所に矢を射ることができる。しかも落ちている枝という重心がどこにあるか不明かつ矢羽根すらない矢でもだ。

 矢は矢羽根を取り付け発射時に回転させることで安定させ、まっすぐ飛ぶようにしている。影勝お手製の矢はそれがないのだ。だからこそ大きく右にそれるラインなのだ。


「これ、物陰に隠れていながら矢を射ることもできるんだよな」


 影勝は興奮気味につぶやく。【貫通】に【必中】が揃えば矢の数さえ確保できればモンスターとの闘いを有利に持っていけるはずだ。

 もう少し検証をしようと次の矢を手に取った時、右手の茂みからジャイアントラットがのそりと出てきた。木に矢が刺さった音を聞きつけてきたのだ。


「実戦で使えるか、検証のチャンスだ」


 影勝は矢をつがえ、弓を構える。矢の先端からは上空にホップする線が現れた。このまま射れば見当違いのほうに行ってしまう。


「弓側で方向を調整すれば、と」


 影勝は弓を少し下に向けると、矢のラインがジャイアントラットの赤い目と重なる。息を止めそのまま射れば、やはりライン通りに矢は飛び、ジャイアントラットの目に刺さった。

 キキィと耳に突き刺さる悲鳴を上げジャアントラットは大きく跳ねたが地面に落ちるとそのまま光となって消えた。後には爪の大きさの魔石が残されているだけだ。

 影勝は射った矢と魔石を拾う。矢は先端が少し丸くなっているが削ればまだ十分に使用可能だ。


「このスキル、凄いな。本来の矢は確保しておくのは当然としても俺が作った矢でも問題ないってのはでかい!」


 影勝はほくほく顔だ。昨日購入した短弓用の矢はとっておきとして大事にしまっておくことにした。


「実験はこれくらいでいいか。今日は昼ごはんもあることだし、昨日よりも奥に行ってみよう」


 景勝は森の奥へと歩き出した。一〇分も歩けばまたジャイアントラットと遭遇する。すぐに枝の矢を射って倒す。そんなことを繰り返しているうちに二時間ほど経過した。倒したモンスターはフォレストウルフの群れが二つの一二頭と牙イノシシが二頭にジャイアントラットが三匹だ。失った矢は牙イノシシとフォレストウルフが暴れた際に折られたもので七本。元手はゼロで影勝の加工分の労力のみだ。


「コスパ最高だ」


 牙イノシシの肉もゲットし、レベルも一つ上がっていた。これでレベルは四だ。すでに一般人のステータスの一.五倍以上に達しており、弦を引くのも楽になっている。もっと弦の張った弓でも扱えそうだ。そうすれば矢の威力も増すので、良いことづくめだ。

 気分の良いしさらに奥へ行くかと影勝は考えたが、ふと疑問がわく。


「結構歩いたけど、まだダンジョンの端に行けてないのか?」


 森といえど二時間も歩けば数キロを踏破する。ダンジョンは一辺が五キロの正方で、一階はその真ん中に鉄道が走っている。つまり、奥に行けても二キロほどしか行けないはずだった。街中であれば一時間も歩けば三キロは進める。ちょっと考えようと影勝は足を止め、リュックから水筒を取り出し一口含んだ。


「まっすぐ歩いてるつもりでも曲がってたってのはよくあることだし。そういえばダンジョンの端は見えない壁があるんだったよな」


 影勝は端末を取り出し、インストールされている探索者辞典を立ち上げた。このアプリは探索者がよく調べることをまとめたQ&A集でもある。

 フリックして調べていくと、該当する箇所にたどり着く。


「ダンジョンは一見して無限に広がっていると錯覚するような景色が続くが実際は有限である。ダンジョンはおおよそ五キロ四方の正方形になっている。その境界では奥にダンジョンが続いているように見えるがそこには不可視な壁があり先に進むことができない。ってことは、俺はまだ端には来てないってことだな。まぁこのくらいの大きさなら迷子になる前に鉄道がある道に出られそうだ」


 影勝が端末をしまって「さてまた歩かく」と背を伸ばした時、記憶の主イングヴァルが懐かしいと思う木を見つけた。クヌギに似た木だが背が高く、日の当たる上のほう果実を作る。果実はどんぐりのような形だが色は橙色だ。彼が言うには、これはソマリカの木の実であると。ちなみにドングリは種子ではなく果実で、種子は中にある。

 どうやら記憶の主イングヴァルは酒類が苦手だったようで、この実をつぶしてペーストにしたものをちょっぴり酒に入れるだけで酔わなくなるので、どうしても酒を飲まなければいけないときはそうやって対応していたらしい。

 影勝は一八歳でまだ酒を飲んで良い年齢ではないのでそのあたりはわからないことであったが記憶の主イングヴァルが「持って行け」と騒いでる気がするので落ちている木の実を拾い始めた。


「木の実を拾うなんて小学生以来じゃないか? この手の単純作業ってはまると何時間でもやっちゃうんだよなー」


 そんな独り言をこぼしながらひたすら拾っていく。この一帯がソマリカの群生地のようでいつの間にか大きめなコンビニのビニール袋に入りきらないほどになっていた。数キロはあるだろうか、ずしりと重い。


「木の実拾いも楽しいなとは思ったけど拾いすぎか。使い道もないのにやっちまったな」


 さりとて捨てるのも忍びないのでリュックに放り投げていく。マジックバッグは中で整理されるので取り出す際にはまとまっているのだ。便利である。

 木の実を拾うために下を向いていると他のものも目に入る。真っ青で怪しげなキノコなどは近寄るのも恐ろしい。だが記憶の主イングヴァルは「あれがおいしいんだ」と叫んでいる気がするがさすがにアレはない。青い食べ物がそそらないのは日本人だからだろうか。アメリカではよく見かけるカラフルなケーキなど食べ物と認識できない影勝だ。


「腹も減ってきたし、ここで飯にするか」


 影勝は座るのによさげな木の根を探し腰を下ろした。

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