官能少女

松たけ子

官能少女

 シミーつない、真っ白で無垢なベッドの上に冷たい月光が落ちている。

 床に描かれた窓枠の影が十字架のように見えて、思わず許しを乞いたくなった。

 目の前で、クスリと笑う声がした。

「こんな未熟な小娘に欲情なさるなんて、一体何がご不満なのかしら?」

 まだ幼いと言っても差し支えない少女が、すらりとした細い脚を勿体ぶるようにして黒いスカートの裾から覗かせている。大きな瞳を蠱惑的に細めて俺を見つめる姿はあまりにも歳不相応で、だからこそ魅力的だった。

 未熟で、未発達。故に欲を駆り立てるものがそこにはある。

 それに気付いているのか、いないのか。

 もし、分かってやっているのだとしたら末恐ろしい女だ。行く末はかの妲己に勝るとも劣らない悪女かもしれないな。

 そんなことを考えながら、俺は唾を飲み込んで何でもないというふうに首を振った。

「不満なんてないさ。ただ、お前の身を案じただけだ」

「と、仰いますと?」

「お前のその美しさが、限られた時の中で花開く幻なのだと思うと、誰かに手折られてしまわないか心配で……」

 白く、陶器のように滑らかな頬へ手を寄せる。

 想像以上のなめらかな触り心地と、整いすぎた顔立ちとが相まって人形のようだと思ってしまった。

 少女は笑みを崩さない。

「あら、そんなことで気を病んでいらっしゃるの?まあ、なんて馬鹿な方なんでしょう」

 子どもらしい無邪気さと、娼婦のような色っぽい笑みを合わせたようなアンバランスな表情に、また喉が鳴った。

「ふふ」

「何がおかしい?薔薇の華よ」

「貴方のお顔。鏡をご覧になって」

 そう言って、俺の後ろにある姿見を指す少女の細い指が艶めかしくて、思わず掴み、自分の口内へ入れてしまった。

 乾いた肌特有のしょっぱい味が、舌を通して脳髄に伝わる。

 自分の指を舐められているというのに、少女はくすぐったそうに笑うだけで、何も咎めない。それが何故か怖かった。

 指を離し、震える声を強がらせて言った。

「不要です。自分の顔ぐらい、見なくても分かる」

「まあ、では仰ってくださいな。わたくしは目を閉じておりますわ。貴方は、今どんなお顔をなさっているの?」

 黒曜石の瞳を瞼という厚いベールの向こうへ隠し、少女はぷっくりと愛らしい唇を鳴らしながら問うた。

 俺はその問いに答えずに、別の問いかけをした。

「さあ……正直に申しますと、俺が想像している顔と貴女の眼に映っている顔とでは随分と違う顔付きをしているようでして、大層困っているのです。どうかその眼を開いて俺の顔がどんなものかお教えいただけないでしょうか? 麗しい姫君」

「ふふ、しょうがない方。よろしくってよ。では、開けますわよ。わたくしは眼を開けますわ。……まあ、なんてことでしょう。とてもこの世のものとは思えない表情よ。貴方、鏡があったらお見せしたいわ。眼は血に飢えた獣よりも獰猛で、そう、何日も獲物が捕まえられなくて森の中を彷徨った狼のよう。唇も渇いてて、水を一滴垂らしただけではとても潤せないわね。まるで砂漠。なのに貴方は嬉しそう。まるで、子どもが新しい玩具を買ってもらった時の、あの愛らしいお顔ですわ。……どう?これでよろしくって?」

「ええ、ええ、もちろん。十分、十分ですとも」「貴方のご想像通りのお顔だったかしら?」

「ええ、想像以上でした。よかった、これで心置きなく貴女を私のものにできますね」

 言い終わるや否や、俺は少女の細く脆い体をベッドに押し倒した。

 自分よりも一回り小さい四肢は真っ白なシーツに惜しみなく投げ出され、ゆっくりと沈んでいく。

 東洋の真珠と西洋の陶器を併せ持った肌を覆い隠す黒いセーラー服とタイツ。その中に隠された素肌はさぞ豊潤で甘美な味がすることだろう。

 想像するだけで喉が渇き、舌が飢えていく。

 対照的な、相反する二つの色彩。白と黒。男と女。大人と子供。

 成熟した雄の体と、未熟な雌の体を繋げば、果たしてどれほどの快楽を生むのか。

 その時自分は人間に戻ることができるのだろうか。

 怯えるでもなく、悠々とした笑みを浮かべながら、俺の首筋に細くしなやかな指を絡める少女の艶めかしさに眩暈がしそうだ。

 普段の清楚さと純潔さからは程遠い俗物的な姿は、女神が娼婦へと堕落したような官能の匂いを孕んでいる。

 神聖なるもの──それは、人が古来より恋焦がれ続けてきた究極のエロスでもある。

 手に触れてはならないからこそ、人が持つ禁断の情欲は激しさを増し、気が狂うほどに壊したいという衝動に駆られていく。

 人は清く美しいものに惹かれる反面、穢れた美しさにも心を奪われる生物だ。

 故に人は清く尊い、神聖なるものを穢そうとする。さすれば美しさだけが残り、己が身を焦がす欲に耽溺できる。

 清らかさを堪能し、穢れに堕ちる姿を舐め回し、聖と欲の混ざり合った耽美にして甘美な実を摘み取る。その実を一口でも味わってしまえば、もう他のものでは満たされない。脳髄は支配され、それがなければ生きることすらままならないほどの快楽を与えられるのだ。

 綺麗なものほど汚したくなるという欲は、人間の浅ましさと愚かしさを象徴すると共に、永遠に満たされることのない渇きを唯一癒してくれる甘き糧でもある。

 誰もそれを奪い、貶し、非難することは許されない。

 何故なら、人には欲があるからだ。

 襟から覗く白く健康的な項を噛めばどんな味がするのだろう?

 袖から慎ましく出ている細い指を一本残らず舐め尽したい。

 一度も太陽の下に晒したことのないであろう脚は、いったいどれほど美しい色をしているのか。

 駆り立てる欲望は、想像を無限に広げてくれる。

 もはや恐怖は塗りつぶされた。

 ああ、その細く柔らかな体を組み敷き、その身の奥を暴いてしまいたい!

 なんと甘美な夢か。なんと浅ましくも愛おしき欲望か。

 百合よりも清楚で純粋で、何ものにも染まらぬその姿を乱れさせてみたい。

 白いベッドの上に解けた糸のように広がる艶やかな黒髪が俺の指を絡め捕る。

 弓なりに細められた黒い瞳と蠱惑的な赤い唇が情欲を煽る。

 熱に浮かされた薔薇色の頬は花開く瞬間を今か今かと待ちわびている。

 少女がじれったそうに俺の腕を取り、口を開いた。

「さあ、如何なさいましたの?この身が欲しくはございませんこと?」

「ああ、麗しく愛おしい花よ。快楽という手で散らしてやろう」

 二度と這い上がってくることのできない、享楽へ。

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官能少女 松たけ子 @ma_tsu_takeko

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