第26話
講義の終わりを告げるチャイムで我に返る。今日もラチャチャとタ―シーは木曜2限の講義に出席していた。
「おはよう。一週間ぶりだけど元気だった?」
隣に座っていたラチャチャが声を掛けてきた。
「おはおは。俺っちはいつも通り元気満タンだに」
いつものように陽気に返事をするが、今日は心が波立っており、どこかそわそわしてしまう。
「お疲れさん。話したいことがあるんだけど、これから就職指導室に用事があって。二人も一緒に来ない?その後ご飯でもどうよ」
前方に座っていたタ―シーも会話に加わる。
「俺もど話したいことあるけど、予定があるもんでよ。また別の日でもいいら?」
「私もちょっと、今日は行くところがある」
「そっか、了解。まあいつでも集まれるしな。また今度ということで」
タ―シーには申し訳ないけど、先週会ったあの兄弟との約束を果たさないといけない。足早に講義室を出て、カフェへと向かう。部屋に入ると、いつもより人で賑わっているような気がした。昼時なので混む時間ではあるが、この時期は4回生の多くは大学に来ないので、その分空いていることが多いのだ。部屋を見渡すと、中央のテーブルに向かい合って座っているのをすぐに見つけた。二人とも濃いブルーのジャージを着ていて、そこだけカフェの雰囲気から浮いているような変な感じだ。
「よっ、また会ったな、兄弟よ」
「いや偶然みたいに言うけど約束しとったよな」
兄の方がすかさずツッコんでくる。
「おばちゃんっ、俺は生姜焼き定食で」
カフェでワンオペしているおばちゃんに注文を通す。「あいよ」と返事を返すが、いつもより人が多く忙しいようで、こちらも見ずにひたすら鍋を掻きまわしている。
「なあ、俺の髪こんなんになったろ?見つけられるか不安だったんよな」
兄が髪を触りながら安心したように話す。
「髪形変わったっけ?あんまし違いが分からんら」
「えっ?いやそうじゃなくて」
「それより例の話じゃんね。またパフェなんか食べてさ」
兄の前には先週と同じくチョコバナナ練乳パフェが鎮座していた。
「兄ちゃん、甘いものには目がないんだよ、うちの家系は糖尿病サラブレッドなのに」
「食べたいときに食べる、が俺の信条じゃけえ、アイスに醤油を垂らすもまた一興」
「おおっ!?その組み合わせの良さに気付いてるだにっ。えーかん(かなり)舌が効くだら」
したり顔で醤油の瓶をいじっている姿が鼻につかないでもないが、1一食を楽しむ姿勢は自分と通じるものがあるので、何だか嬉しい。
「それで弟よ、兄ちゃんの説得は上手くいったか?」
「そればいっ、オリンピックに出る夢は、諦めんでもよかろうもん」
弟は兄を叱咤するように声を荒げた。
「そりゃ俺だって出れるんやったら出たか(出たい)、死ぬほど出たかっ」
「じゃあやれよ、柔道。やらんと始まらんやろ」
弟の声からは切実に兄を思っていることが伝わってくる。しばらく沈黙が流れ、さすがに自分でも、声を掛けることができなかった。
「ハイお待たせ、生姜焼き定食ね」
助け船を出すかのようなおばちゃんの声にほっとして、気を紛らわすかのように割りばしを割って肉を口に運ぼうとする。
「ちょちょ、待って。まだその肉赤いぞ。焼けてないやろ」
「え、そう?」
弟の声でドキッとした。何かを探るような、そんな顔をしている。気付かれたかもしれない。席を立ち、厨房のおばちゃんに声を掛ける。
「おばちゃんごめんー、まだ焼けてないみたいら」
「あらやだっ。ごめんなさい、全然赤いわ」
おばちゃんの様子を見て、確信した。もう気付かれている。どうせ二人には打ち明けるつもりだったので不都合はないが、気持ちを落ち着かせるために一度だけ深呼吸をする。席に戻って笑顔で二人を見る。
「赤い肉を気付かずに食べようとするなんておかしいじゃんね。実は俺、色覚異常があるんだわ」
「そうやったんか」
弟はそう言ったが、やはりすでに気付いていたようだ。
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