第25話

未だに謎多きプロジェクトだが、依頼をこなしていくうちに、分かったことがある。これはいわば「種明かしのない劇」であり、観衆にフィクションであることを悟られてはいけないのである。それを考慮すると、そんな条件を付けてきた依頼者の意図も理解できた。役者の夢が叶ったら、プロジェクトから外される。なんだか皮肉な感じもするが、日の目を見ていない役者がごまんといるこの業界にとっては、このような取り組みは有難い。

 そういえば、私たち以外にもこのプロジェクトに参加している劇団はいるのだろうか。考えたことがなかった。玲奈はもう少しプロジェクトについて考えたかったが、先ほどからある男の声がそれを邪魔してくる。

「ボーちゃんの鼻水にはね、平衡感覚を保つ力があるんですよ。これね、普通の人間には、耳の中にある石に備わってるんですよ。耳にね、石ってそれ、砂ずりみたいで美味しいのかもな、なんちって、おかしいなあほんと」

「優さん、訳の分からない話を今すぐやめてください。そしてボーちゃんの話はもうとっくの昔に終わってますから」

「佐々木さん砂ずりがどうやってできてるかご存知です?砂嚢って言ってね、鶏が石とか砂とか溜めてそれで食べ物をすり潰しているんでしゅよ。あっ嚙んじゃった、でしゅってなんだ、でしゅって」

口を手で叩きながら痛恨そうに顔を歪める。演技は確かに一級品なのだが、この人の波長はさっぱり掴めない。だが今回のプロジェクトでは、部屋にスピーカーを入れると周囲の人が聞きやすくなるのではないかといった案も出してくれて、非常に助かっている。

「ねえパパさ、魔女っ子リルのグッズ、また買ったでしょ。あの犬の鉛筆!せっかく使い切ったのになんで買っちゃうの?」

まりが口を尖らせて不満そうに父の優を睨んでいる。確かまりはそのアニメに飽きてしまったと言っていたが。

「犬じゃなくて、ルタとアッサティヤだろ?まりは知らないだろ、ㇽタとアッサティヤってどこの国の言葉でどういう意味なのか。実はあれはね、」

 また優のうんちくが始まりそうだったので、玲奈はイヤホンをつけてウクレレのハワイアンっぽい音楽をスマートフォンから流した。

「…あの大学で…変わった学生が…」

イヤホンの隙間から聞こえてくる武の声は、先日始まったプロジェクトについて話しているらしい。ぱったりと連絡が途絶えていたのだが、急に来た依頼は、今までで圧倒的に一番大きな依頼だった。初枝が退団してしまった今、劇団員を総動員しても人手が足りず、玲奈も役者として参加することになった。今回のテーマは「将来について決断する瞬間」についてだった。郵送で大学の学生証だったり、職員証が送られてきた時には、こんなこともできてしまうのか、と依頼先の権威が少し恐ろしく感じた。期間は3週間で週に一度、3か所に分かれて大学構内での実演。蒼汰と優、信二と武、玲奈とまり、3チーム体制で行うことにした。これまでと違い、「台本は事実に基づいて作成すること」という規定があった。2チームの台本を読んだが、どちらも読み応えのある台本だった。きっと身の入った演技をしてくれていることだろう。久々に役者として演じる私も負けてはいられない。すでに飲み頃になっている甜茶を、玲奈はあえてふうっと一息かけてからゆっくり流し込んだ。

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