第24話

あっ、アオサギかあれは。大きな鳥が東京のビルの間を優雅に飛んでいる。こんな都会にもあんなでかい鳥がいるんだ。自宅アパートの屋根上で、よく夜中に鳴き出す声が聞こえてくるので、サギの見分けが少しできるようになった。最初にあの鳴き声を聞いた時には、今宵不吉な事が日本で起きるのではないかと思うほど恐ろしかった。そんな叫び声を上げるほど、一体何が彼らを駆り立てているのだろうかと心配になったが、テレビに出ているプロレスのタレントの声を思い出して、地声がそういうこともあるから偏見はいけないな、と気持ちを改めた。案外あの泣き声は「トイレットペーパーが切れてるよ」くらいのモチベーションかもしれない。そうであってほしい。

 ふいにタイマーの音が聞こえて我に返る。また余計な事を考えてしまった。キッチンに急ぎ、グツグツしているやかんから茶葉のパックを取り出して火を止める。有田焼の濃い青色の湯呑み6個に注ぐ。黄色で描かれた葡萄の絵が江戸時代にタイムスリップしたような雰囲気を演出してくれる。ふらりと訪れた蚤の市で思わず一目惚れして購入した品である。この湯呑みの良さが分からない人間もいるのだが。

 「甘っ、俺は紅茶は無糖派なんだけど…」

湯呑みを震わせながら怯えた表情でこちらを見てくる。

「これは甜茶って言って茶葉自体が甘いのよ。信二、花粉症でしょ?花粉症にも効くって言われてるお茶だから」

「うん、俺のことよく知ってるな。もしかして玲奈、俺のこと…?モテる男は困るな」

私も花粉症で、春に向けて体質改善のために最近甜茶を飲み始めただけである。面倒くさいので、呆れた笑みを浮かべてそのままスルーしておく。

「事務所に来るたびに鼻垂らしてズルズル言わしてりゃ、そんなこと犬でも分かるよ」

「ああ?鼻垂らしたことはねえよ!!ボーちゃんじゃないんだからよおっ」

蒼汰と信二の関係性もいつも通りに戻った。こうして見るとむしろ仲良しなのかもしれない。

「シンジ、ハナミズタラスシ、イビキモスゴイ」

ボーちゃんの口調で武は無表情に言った。

「いつからお前は兄ちゃんにそんな態度取るようになったんだっけ?お前がその気なら母ちゃんに今までのあれやこれ、言ってもいいんや」「ゴメン兄ちゃん、冗談冗談」

「すっごいね。おじさん達、まりのクラスの男子より大人げないや」

まりは心底嬉しそうに笑っている。

「まりちゃん、今おじさんって言った?こいつらはともかく俺はまだ若々しいから、お兄さんって呼びなさい」

信二はまりの頭を撫でながら、妙にハキハキとした口調でにこやかに答える。

「おじさん鼻毛でてるよ」

「はな、鼻毛?あぁこれね、これは鼻毛じゃなくて、宝毛っていうんだよ。子供にしか見えない毛のこと。よく見えたね」

信二は急いで鏡を見てから、子ども相手に堂々と嘘を言った。

「今年で24になるけど、俺にもしっかりと見えるぞ」

「お前は精神年齢が永遠に5才だから見えるんだよ」

数か月前の茫然自失していた彼は幻だったのだろうか。

 変化が起きたのは2週間前のことだった。「これで最後にする」と言ってテレビドラマのオーディションを受けに行ったのだが、それが最終選考まで残り、数日後の面接に合格すれば、役をもらえるところまで来ていた。ここに来ていろいろと踏ん切りがついた様子で、晴れ晴れとした表情を浮かべていた。そんな蒼汰を見ていると、長く彼を応援していた玲奈は感慨深い気持ちになる。どんな結果になるにしろ、温かく迎え入れる。もし役に選ばれなかったら、地元に帰って就職活動をすると話していたが、どっちにしてもプロジェクトを続けることは出来なくなりそうだ。蒼汰が受けたオーディションのドラマは深夜枠だが、地上波で全国放送される予定である。そうなったら「知名度のある役者の参加は不可」という、プロジェクトの条件を破ってしまうことになる。

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