第17話
「ちょっと、さっきのお客さんに、注意事項ちゃんと言った?またネックレスつけっぱなしで乗ってるよ」
園内で一番人気のアトラクションである、恐竜ジェットコースターの乗車口で放心状態だった蒼汰は急に現実に引き戻された。
「最近ミスが多いよね。特にネックレスの外し忘れは怪我に繋がるんだから、見逃したらだめだよ」
目を細めて指摘する社員の服部は、人当たりがきついと、アルバイトの間では不評だが、彼の仕事に対する思いを蒼汰は知っていた。
大卒で都心のこじんまりした遊園地に就職した30代の服部は、そろそろ役職を持ってもおかしくないのだが、社員の中でも孤立しており、どの派閥にも所属していない。聞いたところによると、そういった誘いは全面的に断っているのだという。「男のくせに、昇進に興味ないなんて終わっている」と別の社員が陰口を言っていたのを聞いたこともある。
それでも、服部が担当するアトラクションの塗り替えが行われた時、テンプレートから候補案を出す他の社員たちと違い、彼だけは、一からデザインしたものを、配色を変えたパターンも加えて20以上の候補案を出していた。誰よりも力を入れていたのは明らかだったが、服部の案は通らなかった。どうやら選出する上層部の中に派閥があり、有力な方の派閥に所属している服部の同僚の案が選ばれたらしい。つまり、出来レースだったのだ。
案が通らなかった次の日、彼はいつものように淡々と業務をこなしていた。彼があの時、どんな気持ちで働いていたのかは分からないが、その日以来、蒼汰は彼の言うことには、出来る限り従おうと決めていた。
服部は生き方が不器用だと思うが、自分のやりたいことに実直で、その姿は、先日偶然会ったヤクザに重なった。高校を卒業して4年が経つが、いまだに就職せずにフリーターで生きているのが、果たして本当に夢を追うためだったのか、分からなくなってきた。安定した人生には、とうの昔にお別れしたつもりだったのに、自分が今も何も持っていないことに気づくと、とてつもない焦燥感にさらされる。最初に役者を目指したきっかけは、目指すべきかっこいい役者がいて、その人に近づきたい一心だった。10年以上経った今、演技をしているのは、憧れからではなく、自分という人間から逃れたいからなのではないかとさえ思えてくる。
何だかんだで長い付き合いのある玲奈は、スランプなのではないかと言っていたが、有名になるどころかここ数年、まともに作品に関わっていないというのに、スランプになるんだったら、それこそ自分は役者に向いていないのだろう。
ジリリリッとジェットコースターの出発を告げるベルが鳴り響く。乗客はみな、弾んだような笑顔をしており、その笑顔を見るのが好きでこのアルバイトを始めたことを思い出す。服部は乗車口の上にある機械室で、いつものように無表情で腕を組んでコースターを見据えている。やっぱり接客業には向いていない顔つきだが、この仕事を彼が本当に好きであることはよく分かる。蒼汰は乗客に笑顔で手を振りながら、高く、高く昇っていくコースターを、見上げた。
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