第13話
思いつめるようにそれぞれ考えをめくらせている中で、急に活気のある声が聞こえてきた。
「はい、どうもーっ、人体測定ですうー」「どうもーっ、よろしくですー」
若い二人組の男達がなにか騒いでいるみたいだ。その場にいた人たちは、自然と彼らを注視した。
「えー、この前ね、久しぶりに親戚の集まりがあったんですよ」
二人のうち、色男の方が話し出す。その身なりは、毎週火曜夜19時にやっている時代劇、「流罪右大臣」に出演している、主人公「菅原道真」の味方になる「宇多天皇」 役の俳優に似ている。
「そういえばやったね。あ、みなさん実は僕たち、兄弟なんですよ」
この男は同時代劇で、主人公道真を陥れる「藤原時平」に似て、少々人相が悪い。体格がしっかりしているが、髪の色が灰色なので、軟弱に見える。じじいのような髪にあえてしているなんて、最近の若者はやはりよくわからない。
宇多「全然似てないけどな」
時平「そうそう、こいつだけ顔が整ってるんですよ。あとはみんな俺みたいな顔で。だから親戚がみんな集まると、ちゃんとした任侠映画が撮れるくらいの画にはなります」
どうやら漫才のようなことをやっているみたいだ。二人の間には、
「その中でもね、一番いかつい叔父さんおるやん」
「分かるよ、へいきっつぁんね、頬に縦の切り傷があってな」
「昔ケンカとかでできたのかなって思ってたらね、授業中に頬杖ついて居眠りしてた時に、爪で引っ搔いてしまったって」
「数学の神様に祟られたっちゃん、とか言ってたけどさ、あほやんそんなん」
「で、その叔父さん含めた親戚数人で、ショッピングモール行って」
「行ってたなあ、俺はそん時二日酔いで寝てたわ」
「そこでタコ焼き食べたんですよ。そしたらね、叔父さんの歯に、付いてたんですよ」
「あー、分かる。付きやすいよなあれは。どっから食べても付くようにできてるからなあ」
「なかなか言えんのよね、そういうのって」
「確かにね、本人的には早く言ってもらった方がありがたいんだろうけど、言い方によってはその後の関係に影響する場合もあるよ」
「そうこうしてたらね、親戚の誰かが、その上に、乗っけてるんよ」
「…乗っける?ちょっと待って、何の話してる?」
「叔父さんの話やんか、どうしたん?だから叔父さんの歯にタコが付いてて、」
「タコの方ー!?青のりじゃないの?」
「やから、タコの吸盤が叔父さんの歯に付いてるってことやんか」
「吸盤が!?そりゃタコの吸盤は吸引力半端ないよ?でもそれは生前の話やんか。そのタコの生命力どうなってるのよ、てか待てよ、その上に何を乗っけられてるの叔父さんは」
「S字フック。その前にダイソーに行ってさ俺たち。そこで誰かが買ったんやろうな、叔父さん気づかずに、めっちゃ笑顔で「久しぶりにみんなで集まれて嬉しいな」って」
「いやそれ本来、吸盤も含めてダイソーで売ってるやつなんよ!そんで何?叔父さんタコの吸盤フックつけたまんま笑ってたん?こっっわ、周囲の人めちゃくちゃビビってたと思うよ。てかお前さすがにそれは言ったれよ、言うタイミングいくらでもあるだろ」
「それがなかなか言えないって話じゃないすか。…まあ今もずっと、兄ちゃんに言えずにいたことがあるんですけどね」
「なになに、水臭いやん。俺たち兄弟やん。なんでも言ってくれよ」
「じゃ、言うよ。兄ちゃんが中学の頃好きやっった三井さんって覚えてる?」
「おう、そりゃもちろん覚えてるよ、初恋だったもん。結局振られて、俺らは転校したけど」
「転校する前に、三井さんにな、兄ちゃんの連絡先教えてほしいって言われてたんよ」
「え、ガチの話?創作じゃないよな?」
「ガチだよ。だって台本に{ここはアドリブで}って書いてたから…いやだって、あの時兄ちゃんめちゃくちゃ落ち込んでて、三井さんの話NG出してたやん」
「そんなことねえよ!お前が言ってくれてたら、もしかしたら付き合ってたかもしれんとに。」
「いやそれはないと思うよ、兄ちゃん全然モテてなかったやん」
「あのなあ、言うべきことを言わずに黙ってるのは、詐欺師と一緒だぞ」
漫才をやっていたはずの二人だが、いつの間にか本当の口論の様になっていた。ごちゃごちゃと言っている彼らを見て呆気に取られていると、でぇごが何やら深刻な顔をして言葉を発した。
「みんなに言わないといけねえことがあるんだ」
ただならぬ雰囲気に、老人たちはみな、真剣に耳を傾けた。
「俺さ、実はオレオレ詐欺に遭ってるんだ。それもマサが詐欺に遭う前の話だ」
「ちょっと待ってよ、そんなこと町内集会で言ってなかったじゃない」
ヤッさんが信じられないといった表情で、でぇごに詰め寄った。
「俺が詐欺なんかにかかるわけねえ、って信じたくて、何かの間違いだって自分に言い聞かせて、誰にも、警察にも言わなかったんだよ。でも今になって冷静に考えたら、あれはやっぱりオレオレ詐欺だった」
なんて声を掛けたらいいのか分からず、延岡は黙り込んだ。他のみんなも同じようだ。
「本当にごめんな、俺がもっと早く打ち明けられてたら、マサも詐欺に遭わなかっただろうに。この町を不安に陥れたのも、この俺のせいだよ」
マサは「情けねえ、情けねえ」と言いながら、泣きそうな顔で俯いている。そんなでぇごの肩をさすって、はっちゃんは言い聞かせるように発した。
「そんなこと言わんで。ここにいるみんな、でぇごの気持ちが分かるよ。私だって認めたくないこと、たくさんあるもんで。息子には「もう年なんだから無理をするな」なんて言われて、でもまだまだ現役なんだって、腹が立つこともあるし、社会からのけ者にされてるように思うときもある。私たち誰もが、でぇごと同じ状況になってた可能性があるんやから」
はっちゃんの言葉に、誰もが心当たりのあるような顔もちで、頷いたり、ヤッさんに至っては涙を流していた。
「私たち、お互い話し合えているようで、本音を言えずにいたこともあったのかもしれんね。大事なことを忘れていた。身を守るためには、まず自分たちを知ることが大事だったんだよ。「彼を知り、己を知れば百戦あやうからず」って言うじゃない」
若き漫才師たちは、今もなお、言い合いを続けている。彼らを見ながら、はっちゃんにだけ聞こえるくらいの声で、延岡は語り掛けた。
「はっちゃん、本当にいい友人を持ったね」
はっちゃんは延岡と目が合うと、いたずらっ子のような笑みを一瞬浮かべた。
「ああ、本当に1万円を捨てるなんて!」
公園の横を流れている河川敷のふもとで悲壮感の滲む声がした。どうやら隣にいる連れの男性が川にお札を落としてしまったみたいだ。
「だから言ったじゃないか!僕の感性領域を君に譲渡するためにはこうするしかないって」
黒いスーツにコートを羽織った勤め人らしき姿の中年の男性は、理解不能なことを口走っている。
「あらら、これはもしかして私の出番かしら」
先ほどまですすり泣いていたヤッさんがいつの間にか首を回し、準備体操をし始めた。そうだった、「素潜り」のヤッさんの血が疼くのも仕方がない。
「今日は私たち老人自警団結成の記念すべき一日となりそうね」
はっちゃんはにこやかにそう言って腕を鳴らした。このばあさんには生涯をかけても敵わないだろう。もうすぐこの公園にも、本格的な冬が訪れる。理想の老後を送っていけるのかは、まだ分からない。それでも、いろいろあったこの町は、もう大丈夫だろう、というような予感がしていた。
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