第4話

いかにも怪しげなレゲエ風の音楽が薄暗い部屋に鳴り響く。男はひどく目覚めが悪いので、最大音量で30分前からアラームをかけなければベッドから出られなかった。その習慣のせいで当初はアパートの隣人から何度もクレームが来たが、人当たりのいい性格が幸いしたのか今では週に2~3回の差し入れと、隣人の好きなレゲエジャンルの音楽を流すことを条件に容認されている。

 薄目を開けて棚に置いてある小さなデジタル時計に目を凝らした。9時。9時半に家を出ればいいからまだ余裕があるな。あと10分寝るか。誘惑に傾きかけたが、それで今まで上手くいった試しがないことを思い出し、のそのそと起き上がって支度を始めた。脱ぎ捨てられたジャンパーやデニム、飲みかけのペットボトルなどが散乱しており、座る場所すら見つからないので、それらを踏まないように気を付けながら、ちゃぶ台の上に置いてある栄養機能食品のシリアルバーを手に取った。必要最低限の朝食を口にしながら、長年の夢を思い返す。

 10歳で役者の世界に入り、今年で14年目となった。「森蒼汰」という芸名は、同居していた祖父が、好きだった野球選手の名前から拝借した。業界ではなかなかの中堅だが、目立った作品に出演できたことは皆無だった。年齢的にもいい頃合いだし、今年こそは映画、もしくはTVドラマで大きな役をいただきたい!という野望を持っている。劇団が現在かかわっているプロジェクトは、知名度が上がると解任されるらしいが、それは劇団の成長、すなわち自分の夢に近づくということだから、ウェルカムな話だ。

 とにかく今は、目の前の仕事を一つ一つこなしていくだけ。少しずつ目覚めてきた脳内で目標を確認し、これまた習慣である、鏡の前での爽やかな笑顔練習を始めた。よし、今日もまた夢に少し近づいているはずだ。

 自宅アパートから数十分歩いたところで目的地に着き、辺りを見回す。今日は劇団には行かず、そのまま現場に直行するように言われている。近くに劇団員がいるはずだ。その姿はすぐに分かったが、声はかけずにあくまでも他人のふりをする。向こうもこっちに気が付いたみたいだ。スイッチが入ったのがわかる。業界では誰も気にも留めないような役ばかりだったが、この依頼は違う。俺が主人公であり、スポットライトを浴びるんだ。そう考えると、劇団としては少し馬鹿げたプロジェクトだとしても、悪くないのかもしれない、と思った。

3,2,1。頭の中で自然とカウントダウンの合図が鳴り出す。倒れた老女の周りに人だかりができていた。頭の中で先ほど練習した爽やかスマイルをシミュレーションしながら、その渦の中へと潜り込んでいく。


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