第24話 嘘の気遣い

「天野さん、部活対抗リレーに出る気はありませんか?」


そう声がけをしてきたのは、不安そうな顔をした瑞希だった。


「俺は何にも所属してないしな……」


「うちの部活の部員として出ればいいんです。入部届もあるでしょう?」


「あー……これな」


鞄の中にしまったまま、未だ一度も出したことの無い入部届。


入部届と言っても、既に黒ペンで『書道&イラスト部』と書かれてしまったため、今更変更もできないのだが。


「天野さんが部員でいてくれれば、私達すごく助かるんですけど」


「それってあれじゃないのか。茨城先生と同じだろ」


快斗がそう指摘すると、瑞希はギクリと肩を震わせる。分かりやすいのはいいが、もう少し隠しながらじゃないと騙せもしないだろう。


要は楽をしたいって言うことが旨の反論だったのだが、それは図星だったようで、瑞希は目を背けた。快斗からも現実からも。


「部活対抗リレー、このままだと上水戸が走ることになるんだよな」


「走るのはそこまで好きじゃないんです。特に、大衆の前でとなると……」


曇る表情。幾度となく似たような表情を見てきたことがある快斗は分かった。


あの悲痛感あふれる表情は、半分本当で半分嘘だ。


「楽したいってのは間違いじゃないんだろうが、嘘ついてまで頼みたいのなら出動しなければいいだろ」


「それだと新規入部者が来ません!!ちゃんと広告を広めないと」


「じゃあビラ配りやら書いた作品を壁に貼るやらやればいいんじゃないか?手は考えれば考えるほど出てくるだろ」


「そんなのとうに昔にやりましたよ。やって効果がなかったんでこれに賭けてます」


「……そうか」


そこまでやって無理なら不可能なのでは?という言葉をぐっと抑え込む快斗。言ったら何されるか分からない。下手すれば首が飛びかねない。


「黒峰は?」


「もちろん出てくれます。ですが、私は出たくありません」


「遂に言いやがったなこいつ」


結局は走りたくないから快斗にやらせたいだけだ。そんな姑息な手に乗る訳にはいかない。


「俺はやらない。他の部活のアピールがどんなものか、見ておくつもりだ」


「それで別の部活にでも行くつもりですか?」


「今のところはそうしたいけどな。誰のせいとは言わないが」


快斗に対しての瑞希の態度は日に日に悪くなっていっている気がする。


話しかける時は必ず嫌な顔をするし、極力関わらないようにしているようだ。


それでも快斗を放ってはおけないので話しかけるしかない。自分から話しかけているのだから、せめて上っ面だけでもよく見せればいいものを。


「お疲れー」


部室のドアが開かれ、疲れた様子の白亜が入ってきた。


リレー練習はほぼ毎日行われ、人気のある白亜は応援団にも勧誘されたため、その練習もある。


頭も顔も運動神経もいい為、みなが信頼しきって色々と任せてしまっている。だが疲れた姿はこの部室でしか見せないから大したものだ。


「天野、帰るわよ。今日は私が見ててあげる日だから」


「ありがとう、だが、大丈夫か?」


「何が?」


さっきまで疲れたオーラを前回に出していたくせに、快斗が心配した瞬間にきょとんとしていつも通りに戻る。


女性は強いものだと、快斗は改めて思うことになった。


「じゃあ瑞希、先に行くわ。部室の鍵はお願い」


「分かった。気をつけてね」


白亜に対してはヒロインのような笑顔を見せる瑞希。それは演技でもなんでもなく純粋な感情によるものだ。快斗との扱いの差が歴然すぎる。


「ほら、行くわよ天野」


「はいよ」


強引に引っ張られるように、快斗は白亜に連れていかれた。


~~~~~~~~~~~~~~~


「ふぅ~~!!流石に疲れた!!」


人も少なくなった帰路にて、白亜は伸びをして快斗に振り返る。


「あんたは楽でいいわね。一般種目しかでないんでしょ?」


「黒峰が出すぎなだけだろ。少しは休んだ方がいいぞ」


「気遣いどーも。あんたじゃなかったら嬉しいんだけどね」


「お前まで俺が嫌いなのか。俺は悲しいぞ」


真顔で言う快斗に「じょーだん」と適当に返してふらりふらりと歩いていく白亜。少しテンションが高いように見えた。


「ねぇあんた、瑞希にリレーに出てってお願いされた?」


「……されたな」


「だと思った。あの子、私に相談しないで裏でこそこそと……」


呆れたと手を上げる白亜。実際そんなに呆れることなのかと快斗は首を傾げる。


瑞希が白亜に何かを言わないですることが、そんなにいけないことなのだろうか。


「……あのね、あの子、私のことが好きなの」


「だろうな」


「真面目な話よ?」


話し出しに違和感すら覚えない様子の快斗に、白亜は苦笑する。


「私のことが好きだから、私に楽させようとして、空回りしちゃうの。そういう子だったのよ」


「上水戸が、黒峰を楽に?」


「どうせ、私の代わりに出てほしいなんて嘘言われたんでしょ?違うわ。あの子は私の代わりを探してるの」


「……なるほどな」


一般種目の他、リレーに出たり応援団に出たりで、白亜はその日多忙となる。せめて部活対抗リレーだけは出させないようにしたいというのが、瑞希の願いなのだと、白亜は言った。


そう言われると、急に申し訳なくなる。決めつけで瑞希にものを言ってしまった快斗の負けだ。


だとすれば、普段から嫌な顔をしているのは、そういう考えをするだろうという偏見を引き出す為のものなのだろうか。


「それはなさそうね、あの子、純粋にあなたが気に食わないみたい」


「そこまで嘘なら、せめて純粋に感動できたんだがな」


どうにも変えることが出来ない快斗の立場と殺した数による不信感のせいで、快斗は瑞希によく思われていない。


「確かにあの子は私に固執し過ぎだけど……大目に見て欲しい。昔は大変だったから」


「昔?」


「そう、私と、瑞希が初めて会った時」


暗くなっていった白亜の声色で分かった。これはいい話では無い。


ならば深堀りもやめようかと思ったが、白亜が話し始めたので、快斗は黙って聞くことにした。


上水戸瑞希が、どんな人生を歩んで来たのか。


~~~~~~~~~~~~~~~~


鍵を返し、やることを全て終えた瑞希は駆け足でバス乗り場へ向かっていた。


快斗に言った、走るのが苦手だから部活対抗リレーに出たくないというのは嘘だが、実際走ることが苦手の部分だけは本当だ。


人並に速いが、好きじゃない。むしろ辛いから嫌いだ。


そんなことを荒くなる息を吐きながら考えていた瑞希。


彼女の視界にふと光が見えた時、咄嗟に足を地面から離していた。


その瞬間、足元に凄まじい速度で光が走った。それが何かは瞬時にわかる。電気だ。


「誰ですか?」


強く問い詰めるような口調で振り返る瑞希。そこにいる人影に、確かな殺気を向けながら。


「あんたが上水戸瑞希?」


暗闇に馴染む1人の女子が立っている。細身な姿から、健康体でないことがよく分かる。


それでも電灯に照らされた表情はとても満足そうだった。その手に握られた包丁を瑞希に向けながら、


「弟のために、死んでくれる?」


「さぁ?あなた次第では?」


「それなー。じゃあ、対よろで!!」


女子──冴文は満面の笑みで包丁を強く握りしめた。


その瞬間、黄色い閃光が舞った。

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