第23話 新しいもの

その日、快斗は瑞希と帰った。


最後の発言が更に不信感を煽ったのか、瑞希は更によそよそしく接するようになったが、嘘を言うよりかはマシだったはずだ。


ここでそれらしい理屈を並べても、口だけじゃ信用出来ないのが人間だ。


瑞希からの信用と信頼を諦め、快斗は自分の身を守ることに専念することにした。


この瑞希の問に、快斗も少し考えることがあったが、それは誰にも話さなかった。


~~~~~~~~~~~~~~


体育祭の日が近づいてくる。


応援団の練習音が響き渡り、それに参加するという名目で部活をサボる者が出始める。


それでも応援団の練習は手を抜かれたものでは無かった。窓から応援団のダンス練習を見下ろし、快斗は感心していた。


「凄いね。今年の優秀賞は何組かな?」


「確か、この学校の組は赤、青、黄色、白だったよな」


「そうだね。4つの組が対抗するんだよ」


この学校の体育祭は4つの組が対抗する。


青組は青龍。黄色組は玄武。白組は白虎。赤組は朱雀がモチーフだ。


それぞれの四霊が描かれた旗を振るい、応援団長が大声で決められたセリフを叫ぶ。


練習にしても本格的だ。応援合戦も細かいダンスで表現されていて見所がある。


「快斗君は一般種目しか出ないの?」


「それ以外って何かあるのか?」


「部活対抗リレーとか、騎馬戦とかね。前は騎馬戦は全員参加だったんだけど、一回危ないからって言ってなくなっちゃったんだ。生徒達が必死に抗議して、やりたい人だけやっていいよってことになったんだ」


「騎馬戦か。瞬は出るのか?」


「まさか。僕は弱々しい体だからね。出ちゃったら足引っ張っちゃうし、怪我したくないからね」


自分の薄い胸を叩いて瞬がそう言う。


確かに細身な彼は、他の運動部の男子にタックルされたらそれこそバラバラになるような気がする。


「僕は部活対抗リレーで出るよ。テニス部の副部長だからね」


「運動部のリレーは、ガチの方だったな」


「そうだね。僕らは勝ち負けだね。文化系はどっちかって言うと宣伝だけど、快斗君はどうするの?」


「どうするって……」


「快斗君、書道&イラスト部の人として出るの?」


快斗はその問で初めてその問題を認識した。快斗は未だ入部届を出していないのでどこの部活にも所属していない。


だが茨城先生には完全に書道&イラスト部に入っているものとして扱っているし扱う。


他に部員が2人しかいないなら、リレーの人数にはとても困るのだろうが


「……俺には関係ない話だな」


「入ってないってことにするの?」


「ことにするというか、入ってないからな」


そう呟いて快斗は立ち上がり、荷物を持って教室を後にする。


「またな、瞬」


「うん、またね」


瞬に見送られ、快斗は先に放課後の教室を出る。彼が見えなくなってから、瞬はくすりと笑って一言。


「入ってないって言うくせに、毎日通っちゃうんだ」


そんな呟きは、他に残っていたクラスメイトも思っていたことだった。


~~~~~~~~~~~~~~~


誰もいない路地裏。夕日が沈んでいくかたわれ時。


青い仮面をつけた男が、ある場所をめざして歩いている。


人通りが果てしなく少ないその道でも、青い仮面の男──Sはフードを深々と被って身バレを防止する。


それは、今から人と会う約束をしていたとしても変わらず。


「ねぇ、あんたがSってやつ?」


不意にぶっきらぼうな声に呼ばれ、振り返るとそこにはスマホをいじったままこちらを見ない制服姿の女子が立っていた。


その隣には、少し汚れた服を着た少年がくっついていた。


「あたしが呼んだ本人なんだけど……本人確認とかいる?」


「必要ない。見たらわかる」


「そう、便利だね」


制服女子は隣の少年と手を繋ぎ、Sに手を差し出した。


「私達の居場所をちょうだい。その代わり、力は貸したげる」


差し出された手のひらは、女性のものにしてはボロボロで汚いものだった。


治っては傷ついてを繰り返したのか、肌が固くなっている。所々傷が治りきっておらず、悪い菌に侵されたのか膿が出ているものもある。


それほどに生活が苦しかったのか、服も所々色や太さの違う糸で縫われている。


そんな彼女の汚い手に、Sは躊躇いなく自分の手を重ねた。


「よろしく。今日から君は仲間だ」


「おっけ。よろ。あと、出来ればその声怖いからやめて欲しいんだけど。弟が怖がるから」


女子は隣で竦む少年を見下ろして言った。


今の変声しているSの声は、夜道で聞くと背筋が凍るような恐ろしいものだ。


まだ腰の高さにも届いていない身長の少年には、この邂逅はいささか刺激が強いらしい。


Sはしばし悩んで、少年の頭の上に手を乗せて、


「大丈夫。安心して」


「ちょ、あたしの声じゃんそれ」


姉の声を真似て見せた。それで少年からのSに対する警戒が解けたかは分からないが、少なくとも怯えはしなくなった。


その声どうこうより、少年にとっての唯一の拠り所である姉が楽しそうだったからだろう。


「あんたのグループ楽しそう。弟と同じくらいの歳の子もいるんでしょ?」


「うん……気をつけてね」


「意味深な言葉やめてよ。まぁこの年で殺人者なら十分ヤバめってことか」


Sは2人を連れて暗闇に消えていく。3人とも誰にも見向きされず、その存在すら認識されないまま闇夜を蠢く。


「あたし、新原冴文しんはらこふみ。あなたは?」


「……S」


「教えてくれないのね、了解。てか、その偽名絶対頭文字っしょ」


冴文は何故か、とっても楽しそうだった。

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