第22話 生きる意味
あの土曜日での出来事からというもの、快斗は虎太郎と仲が良くなった。
住んでいる場所が思っていたよりも近く、会話が弾むようになり、お気に入りの本を沢山教えて貰ったりした。
そのせいか、快斗はよく軽音部室に呼ばれることが増えた。
たまに書道&イラスト部の部室にも行っていたが、これは茨城先生がお願いした時か、白亜に呼ばれた時だけだった。
帰る時は最寄りの駅までは麗音と歩いて帰っていた。一応護衛という面目であったが、あの事件以降行われることはなかった。
そうして4月が終わり、5月が始まった。
高校生達は新しいクラスにある程度慣れ、授業や学校生活に退屈さを感じ始めた頃だ。
いつもの体育の時間に行われるのは、テニスではなかった。
クラスごとにグラウンドに集合させられ、校長先生が前に出て話し始めた所で快斗は気がついた。
5月、それは、体育祭の季節だ。
「今日はトルネードの練習だ!!5人で1組を作れ!!」
茨城先生が張り切って笛を鳴らす。別に鳴らさなくても聞こえている。
「快斗君、一緒に組もう?」
瞬が誘ってくれた5人組に快斗は参加した。
トルネードは長い棒を5人で持って走り、赤いカラーコーンの周りを回って戻ってきたあと、後続の人たちに棒を飛び越えてもらってから最前列にパスするという競技である。
両端の人が1番難しく、タイミングや体力量など様々な要素が絡んでくるのだが、
「快斗君、体力あるもんね」
「おいちょっと待て」
そんな場で瞬が快斗の評価を口にしたせいで、快斗が端っこを任される羽目になった。
「頑張ろうな」
「お、おぅ……」
もう片方の端っこは陸上部のクラスメイトが担当することになった。快斗は人並みに体力があるだけなのだが、人より体力のない瞬にはそう見えたのだろう。
頼まれたというよりは選択肢がほかにないようなので受け入れた。
「はぁ、仕方ないか」
その後練習は滞りなく進み、今日の授業は終わりを迎えるのだが、この日は終礼でクラス委員が話を始めた。
「クラス対抗リレーに出てくれる人を選ばなくちゃいけないんですけどー」
「快斗君」
「やめてくれよ瞬。俺の事嫌い?」
何故か快斗のことを推し続ける瞬に戸惑う快斗だが、笑顔の瞬は楽しそうだ。
1クラスに4人必要なのだが、走る生徒は4月に行った体力測定の50メートル走の速い順に決められた。
その中には、白亜の名前もあった。
「アンカーの1個前か」
「ふん。私がぶち抜いて見せるわ」
意外にも白亜は乗り気で、大衆の前で大差をつけて1位に躍り出る様子を想像しているようだった。
ちなみに、クラスで一番運動神経がいいと言われているのは白亜である。
ほとんどの体力測定で1番を取っているからだ。しかしそれもクラス内での話で、学年となれば話は別だ。
「私と同じ時に走るのは、絶対麗音になるはずよ」
「あー……あいつも運動できそうだな」
はしゃいで走り回っている麗音が運動ができるのは解釈一致というやつだ。
にしても彼女はサイボーグ。人間と同じ体力とは考えられないが、白亜でも勝てるのだろうか。
そんな疑問を感じた快斗は白亜を見ると、白亜は見透かしたように、
「心配いらないわ。私の方が殺した数は上だし、能力的にも足の速さなら私が上よ」
「そういえば、お前の能力ってなんなんだ」
「大したもんじゃないわ。『衝撃』っていうものだけど、物体と物体が衝突する際に生まれる力の大きさを好きに調節できる程度の能力よ」
「……それは、割と強い方じゃないのか?」
力を調節できるのなら、白亜には落下ダメージというものが存在しなくなる。
また向けられる物理攻撃は全て無に帰し、逆に物理攻撃を放つ時は、たとえデコピンでさえ本気の拳と同じくらいの威力に出来る。
ただ、力というものは2つの物体両方に加わるもので、片方に大きな力がかかるなら、もう片方にも相応の力がかかる。
あまりに力を巨大にしてしまうと、それをする白亜の体にも同じような力が反作用で返ってくるため、自分の首を絞めかねない。
「一回それで指が吹き飛んだことがあるわ」
「よく治ったな」
「鏖間のおかげでね」
鏖間の『編集』は肉体修復まで出来るらしい。そう考えると、1番有用性が高いのは鏖間かもしれない。
「体育祭に乗り気なんて、意外だな」
「あんたは乗り気じゃないわけ?楽しむイベントなんだから楽しんだ方が得よ」
「そうだな……」
快斗としては炎天下の中、教室からわざわざ持ってきた椅子に座っているだけでも嫌なのだが、白亜を含めた他のクラスメイト達は、そんなこと気にも留めていなかった。
これが高校生。その生き様に瑞々しさを感じる。
「あんたは今日もちゃんと気をつけて帰るのよ」
「分かってる」
麗音や白亜におんぶにだっこ状態の快斗は言われたことに従うしかない。
死にかねないこの世界でも、快斗はまだ死ぬ訳にはいかない。いかないのだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「天野さん」
帰ろうとした快斗の背中に可愛らしい声がかけられる。振り返るとそこにいるのは、可愛らしい顔で見上げてくる瑞希である。
その黒瞳を見つめ返すと、瑞希は露骨に嫌そうな顔をした。
「呼んだのはそっちのはずだが?」
「すみません。本心がでました」
「そういうところが無ければ、黒峰以外とも仲良くできるんじゃないか?」
「………」
瑞希は白亜以外の人には高圧的というか、攻撃的だ。話しかけられても最低限の会話しかせず、笑顔もなかなか見せない。
それでもハブられることがないのは、一緒にいる白亜が人気なのと、瑞希自身も人気だからだ。
瑞希は可愛い顔をしている。それが真顔であれなんであれ、皆が見惚れる程度には綺麗なのだ。
あと治すべきは人との接し方、もっと言えば性格だが、本人はというと、
「私は白亜ちゃんしか信用も信頼もしないので」
「部活に入れと圧をかけるならもう少し人して俺を見てくれないか?」
「無理ですよ。殺人者なんて」
「お互い様だろ、それに関しては」
辛口が収まらない瑞希はひとしきり快斗に言いたいことを言ったあと、部室に強引に快斗を引き入れた。
畳の上に正座させられる快斗。瑞希は部室の鍵を閉めて快斗の前に座った。
「少し言っておきたいことが」
「なんだ?」
「あなたは……何をしたくてこの学校に来たんですか?」
「俺の生まれに興味が湧いたのか?」
「いえ、目的が知りたいだけです……私はあなたを信用出来ない。」
「だろうな」
瑞希から見れば、いきなり来た転校生を守るべき対象と言われ、何も情報を知らないまま、得体の知れない男を保護し続けなければならないということになっている。
要するに面倒事なのだ。快斗の存在そのものが。
「あなたはとてつもない数の人を殺しています。私たちよりもずっと多くの。それだけの残虐性を有しておきながら、悠々と生きているあなたが気味悪いんです」
「随分な物言いだな。そもそも、俺はこの数を正しいとは思ってない。俺にはここまでの殺害の記憶がない」
「記憶が無いというのは、過去がないのか、過去を忘れたのか、どっちですか?」
「………さぁな、どちらも有り得る話だ」
「?」
少しだけ遠い目をした快斗に瑞希が首を傾げる。
快斗は瑞希からの不信感をどう拭おうか迷っている。この場を切り抜けられる言い分が思いつかないので、快斗は瑞希の質問に答えを委ねることにした。
「あなたの、生まれは?」
「15、16年前、3月14日に生まれた。場所は……今住んでいるところのすぐ近くだ」
「あなたは、人間ですか?」
「そうだ。人間だ。だから力が使えない」
「異世界というものは、どういったものなのですか?」
「一概には言えないが、皆が妄想するような、行きやすい世界じゃなかった。少なくとも俺はそう思った」
「あなたは……何をするために、生きていますか?」
恐れと嫌悪感を表情に顕にし、瑞希は快斗に質問する。その鋭い目が語るのは、答え次第で快斗への対応を変えるということ。
この部屋が瑞希の武器だらけであることは分かっている。
「俺は……」
快斗は逡巡する。言うべきか否かを考えた。しかし、口を開く度殺気が増している瑞希には、嘘を言ったってどうしようもなかった。
だから───
「俺は、神を殺すためにここにいる」
もう何度も決意してきたことを、改めてここで口にした。
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