第16話 正義の登場

「おぉ……」


歌い終えた快斗を見て、無意識に拍手する楼。


その姿が、草食動物の反撃を受けて怯んだライオンに見えた。


「すっげぇな、お前。歌上手いじゃねぇかよ」


「知ってる」


「自信家だなぁ見た目に反してよォ」


快斗も実は自分の歌声には自信がある。滑舌も歌声も、趣味で磨いたものではあったが、普通の人よりは上手いはずだ。


そんな歌声が、かたわれ時の駅前に響き渡った。地面のほうでその声に笑っている者もいただろう。


それでいい。それくらい大きく響いてもらわなければ意味が無いのだ。だから窓辺に立って、わざわざ喉を枯らして歌ったのだ。


「それで、外気にしてどうしたよ?」


「ッ……」


だがここまであからさまだと流石に楼久も勘づいた。


三白眼を光らせ、拳を握りしめる楼久はきちんと殺害者の風格がある。


一歩間違えたら死。ここから助けが来るまでが、正念場だ。


「歌声で場所でもバラしたかよ?まぁ、俺ァ面白くなるならそれでいい。あの女がSを振り切れる気もしねぇしな」


立ち上がり、拳と拳をぶつけ合って、狂気的な笑みを浮かべる。


「あいつらばっか殺り合いやがって。俺も混ぜて欲しいもんだなァ」


鋭い犬歯を剥き出しにして吠える楼久。猛獣のように毛を逆立たせる彼は、殺気を振り撒いて戦闘狂の片鱗を垣間見せる。


そんなもの見たくて見たわけではないが、大方、この楼久という男がどういう男なのかは快斗もなんとなく理解した。


今快斗が怪しい行動をしても、楼久は場所を変えるという選択をしない。


それどころか、敵襲を返り討ちにすることを考えている。


つまりは命令を鵜呑みにし、臨機応変ができない番犬だ。言うことはこなすが、自発的な解決には至らない。


随分と扱いやすそうな手駒を持っているもんだと、快斗は青仮面を恨んだ。


「さて、お前の仲間はどうしてくるかァ……下から来るか、はたまた空でも飛んでくるかよォ?」


好戦的な彼は辺りを見回して楽しそうに笑う。命を危機を感じつつ、早く助けが来ることを願うばかりの快斗。


するとその時、上の階に突然何かが落ちたような音がした。


「あぁ?」


楼久か不思議がって顔を上げた。快斗はその瞬間に後ろへ飛んだ。その足音が合図であると判断したからだ。


次の瞬間、見上げた楼久の顔面に、天井を突き破って打ち下ろされた拳が直撃した。


「ぐぉっ!!」


「突破ァ!!」


凄まじい轟音を立て、建物を揺らすほどの衝撃を一身に受けた楼久が2階下まで床を突き破って落ちていった。


「なんだ!?なんの音だ!?」


奥の扉が勢いよく開かれ、しゃがれた声の男が飛び出してきた。快斗達のいる階に飛び降りた1人の少年は、その姿をきちんと目に収めて、


松ヶ丘健一まつがおかけんいち!!『腐生』の能力者はお前か!!」


「ッ……貴様……!!」


名を呼ばれた男、健一が両手を広げた。すると、何も無いところから黒緑色の瘴気が吹き出し始め、虚ろな目をした死体が出現した。


「殺せ!!そのガキを殺せ!!」


腐った変容した肉体の死体が駆け出し始め、その体たらくからは想像もできないほどの威力の物理攻撃をお見舞いする。


が、2方向から挟まれるように放たれた攻撃を、少年は2本の腕でしっかりと受け止めて、


「ノンノン、俺はガキなんて名前じゃねぇぜ」


腕を振り抜いて弾き返し、死体の画面に強い打撃をぶち込むと、耐えきれなかった死体が弾けて肉塊が壁にこびりつく。


力は強いが知性がない死体は、少年に弄ばれるように殲滅されていく。その様子に歯噛みする健一へ、少年は指をさして、


「俺は袴塚龍二はかまつかりゅうじ!!覚えておきな!!クソ野郎!!」


『ちょーっと!!名前は言わないって約束だろう!?』


元気な名乗り声と、焦った様子の怜音の声が、少年──龍二がしているワイヤレスイヤホンから響き渡った。

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