第17話 勝利の逃亡
大量の生きた死体、俗に言うゾンビが、龍二に全方位から襲いかかっていた。
「退け退け!!俺は止まらねぇぞ!!」
決して柔らかくないそれを、驚くべき強固な拳で殴り飛ばしていく龍二。彼の拳は正に鋼鉄。人間の肉体が耐えられるような代物では無い。
打ち込まれた拳に、肉体が崩壊し爆発四散する死体の数々。
血が飛び交う度、その死体の操り人である松ヶ丘健一は汗を垂れ流す。
「クソ!!早く来ないか!!S!!栄!!」
頼りの仲間の名を呼ぶ健一。その情けない怯えた声に、呼応する存在がある。
「あいよ研究者」
ぶち破られた床を更に大規模にぶち破り、狂気的な笑みを浮かべた楼久が飛び出した。
その際に龍二とゾンビ達を弾き飛ばし、龍二と楼久が対峙する。
「出たなヤクザ野郎!!お前はここで倒す!!」
「正義かぶれのクソガキがァ。俺の拳耐えてから言いやがれやァ?」
挑発的な楼久。鉄拳を構えた龍二は今にも飛び出していきそうだ。
しかし、その戦闘を止めたのは、イヤホンから響くアナウンスだ。
『何してるんだい!?目的は天野君の回収!!君が戦う必要は無い!!』
「んな事言ったって、こいつのこと倒せるの今しかないかもしれないじゃん!!」
『そんなのいつでもセッティングする!!今は天野君の身柄確保が先決だ!!7京の敵なんてかないっこないだろう!?』
「うぐぐ……」
言いくるめられたのか、龍二が悔しげに唸った。その瞬間、楼久が地面を蹴り飛ばし、爆発的な加速をもって龍二に拳を叩き込んだ。
それを龍二は腕をクロスしてガードする。硬い龍二の体に衝撃が響くが、さほど大きな損傷じゃない。
「おいそこの、天野快斗っていう奴!!」
「な、なんだ」
振り返らず龍二が快斗に声をかける。
「お前、7京人も殺したクソ野郎なんだってな」
「……らしいな」
「お前が善か悪か、俺はまだ分かんねぇ!!俺は悪いやつァ嫌いだ!!それがバクでもなんでもねぇってのをな──」
龍二は腕を開き、拳を弾き返す。その際に体に込めた力そのままに口を開いた。
「後ろから飛び出して証明しろ!!覚悟を見せろ!!」
龍二が床を強く踏みしめる。その時に快斗の方へ器用に瓦礫を飛ばし、快斗を縛っている縄を切り飛ばした。
「──なるほど」
快斗は振り返る。そこには楼久がタバコを吸うために開けた窓がある。
「──まさか」
楼久が目を見開いた。快斗はなんの躊躇いもなく窓辺に手をかける。
「待て待て身投げか!?ここは5階だぞ!!」
快斗は窓辺に立つと、風に茶髪をなびかせながら龍二に振り返った。
「これで証明が出来るなら、安い対価だ」
そうして意識表明すると、最後に一言だけ付け加えた。
「助けてくれて、ありがとう、袴塚」
「……へッ!!龍二でいいぜ!!この野郎!!」
その言葉を最後に、快斗は窓から飛び出した。楼久が焦って駆け出すが、それを龍二の鉄壁の守りによって妨害する。
楼久は龍二をどかそうと拳を叩き込み続けるが、とてつもなくタフな体を持っている龍二は全く動かなかった。
「いいのかよ!?7京人の男が死ぬんだぜぇ!?勿体ねぇだろ!!願い叶うんだぞ!!」
「願いが叶うとか関係ねぇ!!あいつは覚悟みせた!!覚悟を見せてくれたなら守るんだよ!!」
頑固者龍二は、お調子者楼久の言葉になど耳を貸さない。
「さて、お前は助かったぜ、天野快斗!!」
その声は、がら空きの窓から空中の快斗によく聞こえていた。
随分と単純なヤツが来てくれたなと考えながら、重力に任せて落ちていく快斗は手を伸ばした。
地面にいる人々が快斗を見ている。が、落ちてくるのが誰かは判断できないほどの距離だ。
だが、道路を原付の最高時速で駆け抜けている少女には、それが誰か分かったらしい。
「お兄ちゃんやったり!!じゃあ次は私の番!!」
落ちてくる快斗を見据え、普通の原付にはないボタンを押した少女──
その様子を、祐奈の瞳越しに覗いている誰かが賞賛した。
「よくやったね、救出成功だ」
空中で機材が変形する。みるみる形を変えたそれは、4つのプロペラを持つドローンに早変わりした。
落ちてくる快斗が伸ばした手の位置に合わさるように移動したドローン。
快斗はそれを瞬時に掴み、全体重を預けると、ドローンは落下速度を著しく下げて、快斗をゆっくりと地面に下ろしていく。
「こっちこっち!!快斗先輩!!」
「誰だか知らないが、ありがとうな!!」
走っている原付にそのまま跨り、ドローン諸共快斗を回収。そのまま祐奈は全速力で逃亡した。
「ひゃっほー!!任務完了!!だよだよお兄ちゃん!!」
祐奈がスマホを取り出してそう叫ぶと、「分かった!!」という隆二の声が返ってきた。
それと同時に、快斗が飛び出した窓から龍二が飛び出し、壁を蹴って快斗達の方へ跳んできた。
自由落下に加え、蹴り飛ばした推進力の下向きの力が働き、凄まじい速度で飛んでくる龍二。それを止められるスペックはこの原付にはない。
「どうするんだ!?」
「モーマンタイです先輩!!ね!!鏖間さん!!」
『ええ、いいタイミングです』
スマホ越しの落ち着いた声と共に、後ろから爆速の軽自動車が飛び出し、開けっ放しになった扉に龍二が突っ込んだ。
バランスを崩しかけたが、なんとか耐えきり、軽自動車は原付と並ぶ。
そして運転席から顔を出した鏖間がにっこりと笑った。完全勝利の合図だ。
「ナイス俺達!!」
「ナイス私達!!」
「ナイスですね」
「すげぇな、こいつら」
そのまま騒ぎ立てながら、4人は人目のない場所へと逃げていく。この騒動は警察が出動するほどのものとなるが、その時にはもう、楼久達の姿もなくなっていた。
そして数日後、はるか遠くの山奥に、この時乗られていた軽自動車と原付が捨てられているのが発見されたのだった。
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