第11話 誘拐
快斗は軽音部室に最終下校時間まで留まることになった。というのも、不自然なく守り続けるにはこれが一番の策なのだ。
だからといってずっと待っているだけなのも退屈なので、快斗は麗音の歌う曲をずっと聞いていた。
ギターボーカルというだけあって、歌声はとても透き通っていて、ギターも上手い。表情管理も完璧なので、上手くやっていけば歌い手として大成するのではと思ったほどだ。
音楽関連の業界を快斗は知らないが、麗音には才能がある、と、初心者でも思わせる実力がある。
「中学2年から入ったんスけど、そっからずーっとボーカルっスね。あーし歌上手いんで!!」
歌う曲のほとんどはネットの曲で、たまにアニソンだったり、流行りの曲だったりする。
快斗の知らない曲もあったが、人気の曲なのであろう歌いぶりなので満足だった。
「上手いな」
「でしょう?昔から歌好きなんで、自信あるッスよ」
マイクを手の中でくるくると回しながら美声を放つ麗音。歌う度に元気に飛び跳ねるから、ポニーテールがよく揺れる。
その髪を見て、快斗は旧友を思い出した。
「あいつも元気なやつだったな……」
語尾は違ったが、属性はほとんど麗音に似ていたと思う。ずっと元気に笑っていた少女だった。もう遥か昔、異世界の頃の話だが。
「こんちゃーす」
「おはこんばんにちはー」
そんなふうに快斗が感傷に浸っていると、軽音部室の扉が開けられて部員と思われる生徒が4人入ってきた。
ギター、ベースを背負った2人と、手ぶらな2人。
その4人は快斗に気がつくと、麗音と同じように笑って、
「はじめまして、軽音部にようこそ!!」
「あれ?新入部員?てかあれじゃんね、転入生さんでしょ?君」
「あービカビカのアクセ付けてるっていう?」
「茶髪だー珍し」
口々に言いたいことを話す4人組。そのせいで話がもつれ始めたので、麗音が手を叩いて黙らせた。
「この人はあーしの友達になった天野快斗さんっスよ。単純に軽音部を見に来てくれたらしいッス」
快斗の紹介に4人は「へぇ」と口を揃えて言い、それぞれが自己紹介を始める。
ギターを持っている男子生徒が手を挙げた。
「俺、高2の
ベースを持っている背の低い男子生徒が手を挙げた。
「僕は高1
筋肉質な背の高い男子生徒が手を挙げた。
「俺は高2の
おっとりとした雰囲気の男子生徒が手を上げる。
「俺は高3
「みんな軽音部の一員ッス!!仲良くッスよ!!」
紹介してくれた4人に、それぞれ挨拶を交わし、快斗はその日は軽音部の聴衆として部室に居続けた。
「てんてて、ピャー!!」
「うーわー!!」
「キャァァアアア!!」
「ぶっはっは!!叫びすぎ!!」
晋平と柊斗と虎太郎はよく発狂する。弾いている最中でも休憩中でも、彼らは叫んだり走り回ったり。それに乗じて麗音も遊び始めるため、いつも蒼太が宥めるというのが鉄板らしい。
「ごめんねー快斗くん」
「いや、賑やかで楽しそうだ」
実際そう思った。こうして馬鹿騒ぎするなんて、いつぶりだろうかと快斗は感慨深くなった。
そんな彼の様子を見て、蒼太は少し首を傾げて、
「名前を聞いた時から思ってたけど、俺らどこかで会わなかった?」
「そうか?俺は記憶にないが」
「そうかな~まぁ、俺の思い違いかぁ。」
おっとりとした雰囲気で蒼太はそう言った。
「ちょちょ柊斗君、コレ見て」
「え、え、なんですか?」
「このバックあるやん?これ、車のメーカーが出してるやつだから、すげー頑丈に出来てるんだって」
「へー凄いですね。車のメーカーが」
「うん、まぁ、嘘なんだけどね」
「えぇ?何その無意味な嘘。蒼太さん、また晋平さんが嘘ついてますー」
「うっひひー!!」
晋平と柊斗はずっと遊んでいる。見ていて不快にならない楽しみ方だから、快斗は楽しさを共有されているような感覚がして落ち着いた。
「あ、柊斗さんチクってる」
「虎太郎さん、晋平さんと同い年なのあなたなんですから抑えてくださいよ」
「柊斗君」
「言ってやってくださいよ蒼太さん」
「柊斗君、チクリはダメだよ」
「僕が怒られるの!?」
「うるせーな本当この部活は」
軽音部は軽音部らしい騒がしさで、その日の部活時間を過ごしていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
「じゃーねー快斗ー!!また来いよー!!」
「気が向いたらなー」
夕日が差し込む昇降口で、別れた4人組はバス乗り場へと歩いていった。相変わらず騒がしさは留まらず、しばらくは笑い声と叫び声が聞こえていた。
快斗と麗音は反対方向、歩いて駅に向かう道に進んだ。
「歩くんスか?」
「あぁ、同居人が金を節約しろとな」
「へぇ、孝行ってやつッスね」
快斗はそのつもりなのだが、茨城先生は当然と言い張ってバスになかなか乗せてくれない。
でも彼女が車出勤であることを指摘すると暴れだしそうだったのでやめておいた。
「歩くと40分くらいスけど、行きます?」
「あぁ、それくらいは気にならない。」
歩いている間、快斗は麗音と他愛のない会話を続けた。
何が好きで、何が嫌いで、今までどんなことをしてきたのか。
曲、アーティスト、芸術、小説、アニメ。麗音は様々なジャンルに精通していたお陰で、話が途絶えることはなかった。
コミュ強の片鱗を見たと、快斗は感心していた。
「スポーツは嫌いなんでぜんっぜん分からないッスけど。特にサッカーとか」
「なんでだ?」
「人類には手があるのにわざわざ足使って球蹴ってるんすよ?90分走り回って、挙句の果てに引き分けとか、お金が動いてなかったらエネルギーの無駄っス」
「おぉ……サッカー嫌いなんだな」
「SNSのいいね欄がワールドカップの結果ばかりの人はろくでもないって、怜音さんが言ってたッス」
「じゃあ怜音のせいだな」
同じ苗字なのは複雑な事情があるらしいのだが、教育が偏っている、というか怜音の好みになっているせいで、麗音の性格は形成されているようだった。
「快斗さん、何かあったらなんでもいいんで音を出してくださいね。あーし耳いいんで、すぐに場所分かりますから」
「分かった。そういうふうにするが……それってどこまでの範囲聞こえるんだ?」
「快斗さんと同じくらいは聞こえるッス!!」
「じゃあ耳がいいんじゃなくて健康なだけだな」
全く意味のない五感だよりな捜索方法。まぁ、ないよりはマシかと快斗は心に留めておいた。
「とりあえず、この道を歩いてたら安全なはずッスね。人目に付くところで殺し合いは流石にしないでしょうし。」
「見境ないやつならやりそうだが……」
「どうなんスかね。最近の新星はすぐに制圧されますし、そもそも20人殺すなんてそう簡単にできる事じゃないッスから、このゲームは古参勢が圧倒的有利なんスよね」
「それは、そうだな」
「なんで、大抵のやつらはあーしらには勝てないんスけど、『青の会』も古参勢なんで、警戒は怠らずにって感じッスね」
ゲームの現状を説明してくれる麗音。態度のは違って意外と冷静な彼女に感心し、「そうだな」と快斗が返事をしようとしたその時、
「そうね、警戒はしなくちゃ」
そう、高い女声が聞こえた。
咄嗟に振り返ると、そこには2人分の人影が見えた。
「快斗さんッ!!」
それが誰か認識する前に快斗が蹴り飛ばされた。
人影から伸ばされた手が麗音の綺麗な足に触れた瞬間、麗音とその人影──ようやく快斗が認識した、青仮面がその場から消え去った。
「ぐ!?」
地面に倒れ、しかしすぐに立ち上がった快斗は反射的に残りの人影から距離をとる。
改めて目を向けると、そこにいるのはゴスロリ系の服装をした、眼帯をつけている少女だった。
「ナイス、S君♪」
消え去った2人を前にそう言った少女は、快斗にカッターを突きつけた。
「S君から聞いたよ?君がすっごい人殺してる人でしょお?私、あなたが欲しいんだ。S君が欲しがってるから、S君にあげたいの、それでねそれでね、いっぱい褒めてもらうんだぁ」
恍惚とした表情を浮かべて嗤うその少女。ただならない気配を感じて快斗が後ずさった。
後ろに一歩。一歩だけ後ろに足を踏み出した。
その瞬間、目の前から少女の姿が消えた。
そして、今そこに誰がいたのか、快斗の記憶からそれが抹消された。
「あ?」
「動かないで、出来るだけ」
口元を抑えられ、母音しか発せなくなった快斗に、快斗が知らない誰かが囁いた。
振り返って見てみると、快斗を締め上げているのはゴスロリ系の服を着た少女だ。
初めて見るその異様な姿に、快斗は瞠目して、
「それじゃあ、行こっか」
すぐ横に車が止まり、扉が開けられ1人の男が飛び出してきた。
「
「見たらわかるでしょボンクラ。さっさと乗せて連れてって。私はS君を手伝いに行くの」
「ハッ!!そうかよ」
男は乱暴に快斗を引っつかみ、考えられないほどの怪力で車に快斗を投げ込んだ。
「怪我すんなよ」
「言われなくとも」
少女は凄まじい速度でその場から駆け出して行った。男はその背中を見送ると、扉を閉めて快斗を押さえつけた。
「大人しくしなぁ。そうすりゃ命はァ……いや、いずれとるんだろうが、今のところは取らねぇでやるよォ」
「……そうかよ」
快斗は大人しく従う。抵抗しても勝てない。この男も能力持ちの殺害者だ。
護衛に会った日に、快斗は見事に誘拐された。
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