第9話 部員は彼女

快斗の高校では、男女別々に体育をする。今日は7時間目に体育があり、6時間目が終わってから女子が更衣室へはけ、男子達が着替え始めた。


種目はテニスということで、2人1組らしいのだが、知り合いもいないこのクラスで、快斗と組む人などいるのだろうかと快斗は心配したのだが、


「快斗君、一緒に組む?」


と、一人の男子が申し出でくれた。


「すまないな。友人がいないから不安だったんだ」


「それは良かった。僕、夜明瞬よあけしゅんって言うんだ。よろしくね」


「よろしくな、瞬」


優しそうで中性的な顔立ちの瞬は快斗に微笑んだ。他の男子がニヤケているのを見るに、この瞬という男は姫のように扱われているのだろうか。


快斗は得体の知れない瞬を見つめると、瞬は首を傾げた。確かに可愛かった。


「まずはネット越しに適当に打ってみてくれ。しばらくしたら休憩して、自由に打っていていいぞー」


そう皆に呼びかける茨城先生がいる。なんでいるのかと快斗が振り返ると、茨城先生と目が合った。彼女はグッとポーズをとったが、快斗は無視した。


「茨城先生って、体育の教師なのか?」


「うんそうだよ。去年も僕は担当してもらったよ。ていうか、中学の時からほとんど茨城先生かも」


「ほう……」


快斗はもう一度振り返ってみた。すると茨城先生は快斗ではなく、快斗の隣にいる瞬をじっと見つめていた。


茨城先生の性癖か何かは知らないが、確実に瞬目的なのだろう。


そのために四、五年担当になるように工作するとは、大概な精神だ。


「気をつけろよ、瞬」


「うん?分かった」


素直に頷く瞬。確かに可愛かった。


「どの世界にもいるんだな、こういう系の男子は」


快斗のいた異世界にも、おとこの娘というものは存在した。まさか現代にもいるなんて。


「行くよ、快斗君っ」


「おう、来い」


そんなことは一旦忘れて、快斗はテニスに集中した。当たり前の授業内容だが、なんだかそれが新鮮に感じたのは何故だろうか。


快斗は意外と強いスマッシュを何度も決めてくる瞬に瞠目しつつも、その日の最後の授業を楽しんだ。


~~~~~~~~~~~~~~~


「失礼します」


「ふぎゅ!?」


書道&イラスト部。一応ちゃんと快斗は顔を出した。そこには、昨日と同じように扉に尻を押されて倒れ込んだ瑞希がいた。


「……すまん」


「いえ、そこにいる私が悪いので……」


すぐに体勢を戻して半紙を地面に再び置く瑞希。その隣に正座する快斗は瑞希の手元を見つめた。


「見ますか?」


「何を書くのかだけ」


「そうですね……晴天前夜、にしましょうかね」


半紙を四方向に綺麗にそれぞれの感じを書き入れる瑞希。その腕前は確かなもののようで、何も分からない快斗でも圧巻の出来だった。


筆についた墨と同じくらい黒い瞳に、自分の書いた作品を写して、瑞希はそれを丸めて捨てた。


「いいのか?出来は良かったと思うが……」


「思ったように書けなかったので。それより、体験として、何か書いてみましょうか」


快斗は墨と筆、そして半紙を差し出され、何か一つ好きな漢字を書けと言われた。


「右にはクラスと番号、そして名前を書いてください。出来たら私が採点します」


「お手柔らかに」


快斗は数秒後思案したあと、さっきの瑞希の見よう見まねで思いついた漢字を書いた。


一応書道は小学校と中学校でやったことがある。快斗はそこまで上手い方ではなかったが、瑞希の評価はどうだろうか。


「書けたぞ」


「拝見します」


快斗の書いた半紙を覗き込む瑞希。彼女は少し目を見開いて、それから集中して文字を見つめたあと、快斗に振り返った。


「なんでこれを書いたんですか?」


「……なんでだろうな、不意に思いついたものだが、今すごく後悔してる」


半紙に書かれたのは、なかなか上手に書かれた『剣』という文字。


「はねる際に筆が割れていることと、この文字を選んだことを除けばまぁまぁです」


「それらを加えると?」


「赤点です」


「だよなぁ……」


この快斗の同意は感覚的にわかっていたことではなく、瑞希の表情で分かったことだ。


剣という文字を見て、瑞希は快斗を呆れたような目で見てきた。完全に、厨二病だと思われた。


「今後は、もう少し大人になってくださいね」


「辛辣な」


「教育です」


「返す言葉もない」


剣と書いたのは、単純に思い出深いからそうしたのだが、傍から見ればそれがカッコイイと勘違いしている子供だ。


今後は大人になる。辛辣な言葉だが、快斗は戒めとして心に刻んだ。


「では、あなたの実力は分かったので、足りないものを補っていきましょうか」


「よろしくお願いします」


「ではまずは……」


今の空気感を一旦忘れ、再び部活動に励もうとしたその時、部室の扉が乱暴に開けられた。


「瑞希ーお疲れー」


その声に快斗は思わず顔を上げた。そして、視界に写ったものを見てため息をついた。


その音に反応して、欠伸をしている当の本人が視線を向けると、その人物も驚いた様子だった。


「……なんであんたがいるのよ」


「こっちのセリフだ。黒峰」


入ってきたのは黒峰白亜。ここまで来ると関わらない方が難しい。


「お前どんだけついてくるんだ」


「あんたが先回りしてんじゃなくて?私ここの部員だし」


「……嘘?」


「本当ですよ。なんで嘘の方が確率が高いと思ってるんですか」


瑞希に呆れられ、白亜にため息をつかれ、快斗も頭を抱える。


部活は人数的にも空気感的にも、ピンチになっているかもしれなかった。

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