第7話 一番の手

快斗はその日、夜1時くらいに開放されることになった。


「どうしてこんなことに」


「あんたのせいでしょうが」


「それはあまりにも理不尽すぎないか」


鎖から解き放され、外に放り出される快斗は振り返って白亜に文句を言った。


彼女は未だ薙刀を快斗に突きつけ警戒しつつも、その表情から恐怖を感じとることが出来る。


そうなる気持ちは分かる。冗談でもなんでもなく、快斗の殺した数が怜音の提示したものなのならば、人間とは思えない。


まぁ、快斗は異世界にいた頃は、人間ではなかったのだが。


「普通に考えてわかるだろ。あの数はバグだ」


「異世界の分も加算されているかもしれないでしょ?」


「あの数の人を殺したと?」


「この世界のルールだと、殺した人数は奪うことが出来るのよ。だから……といっても、有り得る話でないのは確かだけど」


白亜がいうルールは、人を殺した人数の効率的な増やし方の話だ。


例えば100人殺した白亜を、1人も殺したことのない快斗が殺した場合、快斗は白亜と白亜が殺した人数の合計を殺したことになるので、快斗は101人殺した判定になる。


つまり、多く人を殺した人間を探し出して殺し続けていけば、いずれ1万に届くかもしれないということだ。


そうなれば、ルールに従い、その人物の願いは叶えられるかもしれない。


「お前は何を目指して、このゲームを始めたんだ?」


別れ際、快斗はふと訊いてみた。白亜は特に考えることもなく、


「言う必要なんてないでしょ。さっさと帰りなさい。私達に危害を加えないなら、私達から何かをすることはないわ」


「そうだな……もう関わらないようにする」


「あと、私達のことをバラしたら本気で殺すからね。覚悟しなさい」


「分かったよ」


疲れ果てた様子で快斗はその場から離れていった。その背中を見えなくなるまで見送って、白亜は家に戻って行った。


~~~~~~~~~~~~~~~~


「ねぇ、白亜」


戻ってきた白亜に怜音がエナジードリンクを飲みながら話しかけてくる。


背の小さい彼女は鏖間に抱き抱えられたまま、背が高めの白亜と同じ目線の高さになって、


「彼、野放しにしてよかったの?」


そう問いかけてきた。呆れたように白亜はため息をついて、


「問題なさそうよ。あいつは頭は良かったし、嘘をつくようなやつでもなかったはず……だいたいあの数殺してたら、嘘なんてつく必要もなく殺してくるはずだわ。だから、大丈夫よ。」


快斗の力は使えないという理論を白亜は全面的に信じることにした。


7京人を殺害した者。殺した人数に力量が比例するこの世界では、それがたとえ馬鹿でも白亜達は勝てない。


帰ってきたクラスメイト達が言っていた異世界の状況から考えても、それを生き残っていた快斗はそれなりに頭が回るはず。経験もあって、知識もあるなら、白亜が勝てる見込みは無い。


しかしそれをしないのならば、よっぽど人殺しに抵抗があるか、本当に力を使えないかだが、抵抗があるわけもないので、力が使えない理論を信じるしかない。


「あいつは弱いわ。ただの人間よ。私達の障害になることはないわ」


「違う違う、そうじゃないよ」


小さな手をふりふりして、エナジードリンクの缶を投げ捨てた怜音は心配そうな表情をした。


「彼が力を使えないという話。それは間違いないことはわかっている。この目で彼の記憶を覗いた時、あれが予想外の出来事であったことは確認済みだ」


「だったら、何を危惧してるのよ。驚異でないのよ?」


「逆だよ。驚異にならないことが、伝わってしまったはずだ」


「……なるほど、それは確かにまずいわ」


神妙な面立ちになった白亜は鏖間に命じて快斗を見張らせる。


投げ捨てられた怜音が地面に落ちて「ぐぇ」と呻くが気にしていられない。


白亜は頭を抱える。自分としたことが、その可能性を失念していた。


「彼は強くない。ならば、あの7京人もの殺した人数が、簡単に手に入るチャンスだ。……他の殺害者達が黙ってないだろうね」


「『青の会』、動くと思う?」


「動くね。間違いない。あの青仮面を殴ったのが、全ての間違いだろうね」


これでも頭がいい怜音は、これからすべきことの最適解を持っている。それは、白亜が考えているものと完全に一緒だ。


「天野快斗。彼を私達の仲間として向かい入れ、『青の会』──僕らの対抗戦力を誘き出す囮にする」


それが、この場の一番の手であった。

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