第4話 不可思議な力

「なんであんたがいんのよ」


そうぶっきらぼうに言った顔の整った女子は、黒峰白亜。快斗のクラスメイトになった女子生徒だ。


その片手には彼女の等身ほどある薙刀で、その慣れた扱いが何か危ぶまれるが、今はそんなことを気にしている場合では無い。


「何してんだお前……なんだその薙刀は……」


「あんたが知る必要は無い。……あなたは私の事見ちゃったし」


薙刀を快斗に突きつけ、白亜は厳しい目を向ける。それは青仮面よりは抑えられたものの、明らかに殺気を含んだものだった。


殺気を向けられる事は慣れているが、現代に生きている知り合いが武器を持って殺しにくることには慣れていない。


「見たったいうか、お前が勝手に現れたんだろ」


「知らないわ。あなたが見なければ死ななかった……まぁ可哀想だとは思うわよ。大変よね、あんたの人生」


「同情は貰えるだけ貰うさ。ただ、死ぬのは流石に許容範囲外だ」


痛みを堪えて後退る。そんな快斗を見て、白亜は少しだけ目を見開き、直ぐに細めた。


「いいわ。あんたは後にする。今はそれよりも──」


白亜が薙刀を回転させ、自らを守るように構えた瞬間、体育館から飛び出した青仮面の刃がぶつかり、そのままの勢いで外に押し出された。


「あんた、何者よ!!」


外で青仮面と白亜がぶつかり合う。現代では聞くことは無いと思っていた刃の打ち合う音。


火花が散る金属音に耳を劈かれながらも、快斗はすぐ近くの出口から外に飛び出した。


「はぁ、はぁ、何が、どうなって……」


自分がこの世界で狙われる理由は幾千と思いつく。


だが、この世界で、あのような超人的な力が存在することが信じられない。


快斗は異世界からの意図しない帰還者だ。


戦闘経験はたくさんあるが、今はその力は使えない。この世界での快斗は、この世界で生きていた頃の快斗のままだった。


「それでも、まだ死ぬ訳には──」


いかない。その言葉が紡がれる前に、快斗の左肩に刃が深々と突き刺さった。


「ぐ……!!」


それでも快斗の足は止まらない。刃を投げたものはさぞ驚いただろう。


左肩から突き抜けた青い刀身を見ても、快斗は止まらなかった。これも全て、異世界での経験のせいだ。


だが、長らく異世界の体の意識でいるからこそ、この体の限界を覚えていなかった。


「あ?」


視界がぐらつき、伝わってくる痛みがぐらぐらと全身に広がっていく感覚がある。


貧血になっているのだ。快斗は振り返っていないので気が付かなかったが、地面には一人の人間から零れてはいけない量の血が落ちている。


血が流れることはすなわち、命の残量が減っていることを意味する。


「まず……」


ぐらつく意識を何とか保ち、足で体を支える快斗の背後から駆け抜けてくる足音が聞こえる。


「待て!!」


白亜の声。意味から推測するに、青仮面は白亜よりも快斗を優先しているようだった。


快斗に刃を投げつけたのも、こんな状態になるまでいたぶったのも青仮面だ。何故そこまで執拗に迫るのか、考える暇もない。


何よりも、死なないことが先決だ。


「邪魔するな……」


快斗は足から力を抜く。体重を支えるものがなくなり、体は重力に引っ張られて地面に落ちる。頭の上を青い刃が横切った。分かってる。


壁は、壊すしかない。

茨は、無視しなければならない。

痛みは、考えないようにするしかない。

苦しさは、飲み込まなければならない。

恐怖は、打ち勝つしかない。


死は、遠ざけなければならない。


「俺は──」


快斗は振り返る。そこにいるのは、刃を振り抜いた青仮面。地面に落ちた快斗は、彼の腹が目の前にある。


握りしめた拳は、想定よりずっと脆くて弱いが、関係ない。


今ここで死を回避するためには、


「死だって覚悟するさ」


その瞬間、一瞬だけ戻った。快斗の姿が、ほんの一瞬だけ戻った。


青仮面と白亜は見た。その劇的で神秘的な姿を──白い髪に青と赤の瞳を宿した、人ならざる存在を。


「死ね」


言葉は一瞬。それが、無傷な状態で聞いた最後の声。


放たれた拳に腹を穿たれ、くの字に曲がった青仮面が吹き飛び、学校の壁をぶち破って床に転がる。


壁が破壊される轟音と、青仮面を吹き飛ばした超力に、白亜は唖然として足を止めていた。


「は──」


この力の強大さに、恐怖すら抱くほどだ。だが、とうの快斗は別のことで動きを止めていた。


「なんで……」


それは、自分が今放った拳の威力に対しての疑問だ。亡くしたはずの力が、この瞬間だけ使えたのは何故なのか。


「あ、あんた……なんなのよ……」


薙刀を持つ手の力を強め、白亜が警戒しながら問うてくる。


快斗は、肩から抜けた青い剣を踏みつけ、全ての傷が治った体でなんとか立ち上がり、


「別に、今はただの人間だ」


疲れ果てた様子でそう言った。

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