第3話 邂逅

天野快斗は学校に来る前、担任の茨城胡桃いばらきくるみ先生に言われていたことがある。


「部活は入っておいた方がいいぞ。例えばそうだ、私が顧問の書道&イラスト部。どうだ?」


「……それは、廃部を阻止するためですか?」


「何故それを!?」


そんな会話をして、強引に場所まで教えられたから、興味が少し湧いていた。


だから訪れたこの部活は、想像以上に緩いものだった。


「出席は自由です。活動日も特に決まってません。来たい時に来て、好きなものを書く。それがこの部活の活動です。鍵は、茨城先生が持ってるので、職員室で受け取る形になってます。」


「そうか……あと、敬語じゃなくてもいいんだが……」


「入ってくれたら考えます」


同世代だというのに堅苦しい瑞希の態度は、快斗がこの部活に入れば変わるかもしれないらしい。


というのも、この学校の部活が残る絶対条件として、部員が5人以上というのがある。この部活はというと、


「部員は私ともう1人で、全部で2人です」


「3人も足りないのか……だからあんなに必死に」


茨城先生が快斗に何度も懇願していたのは、この部活を存続させるためというのは間違いなかったわけだ。


部活を存続させたい理由は、「生徒のためだ」と言っていたが、面倒な運動部の顧問を任されたくないからなのではと快斗は推測している。


「えぇと、とりあえず今日はもう下校時間なのでお帰りください。また明日にでも、来ていただければ体験はさせてあげますので。」


「あぁ……やめとこうかな……」


「駄目っ!!駄目ですっ!!」


変に押し付けがましく言われたので、つい本心を呟いてしまった快斗の言葉に瑞希は目ざとく反応する。


体験させてやるとは、入って欲しいのか違うのか分からない。ただ、部活の存続は瑞希も望んでいるようで、快斗には本気で入部してほしそうだった。


「お願いしますよ」


「まぁ……考えとくよ」


本気マジ懇願されたら流石に快斗も揺れる。とりあえずその場は前向きに考えることにしておいて、快斗は部室を後にした。


追いかけてきそうな雰囲気があったのでそそくさと靴箱まで戻り、靴を履いて立ち上がった。


「はぁ、困ったな……」


茨城先生の推薦ではあったし、そこまで厳しい部活でもないようなので、幽霊部員として入っておこうと思っていたが、それもはばかられるくらいに第一印象がよくない。


しかし敬語を犠牲にしてまで快斗に頼み込んできた瑞希の誠意は本物と思える。


「まぁそれは茨城先生と相談して……」


と、独り言つりながら昇降口に足を進めた瞬間、嫌な風が吹いた気がした。


「お」


咄嗟に足を引っ込め、靴箱に体重を預けながら進行方向を無理やり後ろへ変えた。


その瞬間、快斗が足を踏み出そうとしていた場所のタイルがパックリと割れた。


それは1つではなく、隣の隣のそのまた隣まで伝染して、全てがパックリと割れた。


そうして、床に大きな1つの斬撃の跡が出来上がった。


「……なんだ」


快斗は動揺する。この現代において、このような事象を引き起こせる存在なんていないはずだ。


いるとすれば、神かそれに関係する何か──


だが、後ずさりする快斗の目の前に現れたのは、そのどちらでも無かった。


「──誰だ、お前は」


戦意を込めた声色で快斗が問いかけた。


靴箱の影からゆっくりと姿を現したそれを、快斗は人間だと感じた。


快斗と同じくらいの背丈で、灰色の髪を後ろで結び、青色の模様の入った奇妙な仮面をつけた人間。


その両手にはそれぞれ、血のついた青色の刀身を持つ剣が握られていた。


「お前……」


「──ごめんね」


発せられた声は唐突で、予期すら出来ないものだったが、目の前にいる者が発したものだと分かった。


だからこそ、本来なら避けられないはずの斬撃を躱すことが出来た。


「クソ!!」


振るわれた剣は、斬撃という波動を飛ばして快斗の背後を斬った。その速度と精度たるや、当たれば絆創膏ではカバーしきれない。


昇降口を突破するのは不可能だと考え、快斗は踵を返して校内へと逃げていく。青い仮面の者──この先青仮面と表記するが、彼は快斗をゆっくりと歩きながら追いかけ始めた。


「まだ初日だぞ!?何がどうなってる!!」


つくりも何も知らない学校の中を駆け巡る。背後から追ってくる青仮面は速くないのに、死の気配はずっと傍にある。


どこに行っても、今までと同じように危険から逃れられない快斗は自分の境遇を呪った。


そうこうしてるうちに、青仮面は快斗を狙って斬撃を飛ばしてくる。走るだけでは撒けない。方向を変え、闇夜に紛れて抜けるしかない。


昇降口から階段をのぼり、すぐそこに広がる広場を抜け、職員室前に辿り着く。そこから高校2年生の教室がある道へ方向を変える。


道に入った瞬間に、上の階へ続く階段と下の階へ続く階段がある。曲がって快斗の姿が見えなくなった青仮面には、どちらに向かったか分からなくなる。


それを察知したのか、快斗が道を曲がった瞬間に、青仮面も速度を上げた。


地面を蹴飛ばす音が響き、風のような速度で駆けてきた青仮面は、まだ階段を昇っている途中であろう快斗を追いかけようとして──


「残念だな!!」


曲がってすぐ、全力で振るわれた消火器が青仮面の視界を覆った。


「ッ──!!」


予想外の反撃に咄嗟に刃を振るい、消火器が炸裂して、暗くて悪かった視界が更に見えにくくなる。


青仮面は消火器の煙の奥に足音を感じ、斬撃を飛ばすも手応えがない。


そこには快斗が無いで脱いで投げつけた靴がある。その音を足音と勘違いした青仮面は快斗の位置を全く理解していない。


この場は快斗の勝ちだ。


「あぶね──」


通路から飛び出す。その先には大きな食堂と、それを横切るための道。それからその更に先にはガラス張りの独特な出入口の並んだ壁と、第1体育館があり、そこから外に出ることが出来る。


当て感で壁際を走り続け、ようやく見つけた出口。食堂を横切って、その出入口から外へ出ようとした時、快斗はすぐ側の学食を提供するキッチンを見た。


「は?」


壁に包丁で磔にされた職員がいた。血がキッチンを埋めつくし、静かなキッチンに血の匂いが充満する。


「マジかよ……!!」


思えば職員室も静かだった。最終下校時間は過ぎているが、職員が全員帰ってるなんて考えられない。


あの剣についていた血は──


「あ!?」


そう思考した瞬間だ。足を止めてしまっていた快斗の背中に斬撃が叩き込まれ、背中に斜めの大きな切り傷が出来上がった。


血を吹き出し、久しぶりに感じた大きな傷の痛みと喪失感に歯を食いしばりながら、快斗は何とか倒れずに振り返った。


やはり両手に剣を持った青仮面が立っている。暗闇に佇み静かに殺気を放つその姿は、快斗の本能に直接語りかけてくる。


死ぬ──このままでは死ぬ。


「クソ!!」


快斗は青仮面に向けて手のひらを向けた。


が、何も起こらない。当然だ。人間には、手のひらから波動弾とか、炎を出すような機能は無い。そんなのは、空想の力だ。


「なんで、だよ……!!」


無力を噛み締め、快斗は青仮面を睨みつける。


何も起こらないまま、青仮面が歩みだし、快斗までの距離を縮めてくる。


もう逃げきれない。背中の傷の痛みもあって考えられない。弱くなったと、自分を省みて快斗は悔しく思う。


「あの野郎……!!」


思い浮かぶクソ野郎を想像で殴り倒して、快斗は死を覚悟する。まだ終われないと思っているから、咄嗟に手を前に出して防ごうとした。


その時、ガラス張りの通路が盛大に破られた。


「──た」


飛び散るガラスに紛れた聞こえた声は、ガラスを突き破った誰かが発したものだ。


月明かりの逆光で姿の見えない人物は、青仮面に横から勢いよく突っ込むと、手に持った長い得物で青仮面を弾き飛ばした。


飛ばされた青仮面は体育館の扉を突破って中で何度も転がった。


自分の死を邪魔され、快斗は突然の来訪者を見上げ、そして目を見開いた。


「お前──」


「──なんであんたがここにいんのよ」


長い黒髪を夜風に揺らされ、凛々しい面立ちで快斗を見下ろす女。


「黒峰白亜……」


見た事のあるその女性の名前を、快斗は思わず呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る