吾輩は自動販売機である

藤泉都理

吾輩は自動販売機である




 吾輩は自動販売機である。

 販売しているのは飲料水。

 コカ・コーラ百九十ミリリットル瓶入り一択である。

 百円入れると、横の取り出し口に転がって来るので、購入者は扉を開けて受け取ってくれなのである。

 料金投入口の真横に栓抜きが備えられているので、引っかけて、クイっと栓を抜いてほしいのである。

 飲み終わった瓶は吾輩の隣に設置してある赤い間仕切りケースに置いて、栓は吾輩の下部に位置する栓入れ口に入れてほしいのである。


 さて、ざっと吾輩の説明が済んだところで、今、吾輩が直面している問題について話したいと思う。

 現時刻、丑三つ時。

 大抵の人間が眠っている時間帯である。


「開かない。開かない。うう。開かないよ~」


 住宅街から離れている場所に吾輩は設置しているにもかかわらず、彼女の声はその住宅街まで届きそうな声量であった。

 周囲が静まり返っているから、でもあるがそれ以上に。

 彼女が酔っぱらっているからである。


 ふらりふらりと。

 危ない足取りで歩く彼女は一度、吾輩を通り過ぎたのだが、引き返してきては、身体を前後左右に揺らしながらも吾輩の前に立ち止まったのである。

 立ち止まっては、コートのポケットから財布を取り出して、コカ・コーラ百九十ミリリットルの瓶入りを購入しようとしたのである。

 吾輩は現金一択である。

 しかも、小銭一択である。

 さらに、百円一択である。

 十円玉十枚、五十円玉二枚を試しても購入できない彼女は、ようやっと、百円玉を料金投入口に入れて、購入する事に成功したのである。

 もう、三十分前の出来事であろうか。

 彼女はまだコカ・コーラ百九十ミリリットルの瓶入りを飲む事が叶っていなかった。

 栓が開けられないのである。

 栓抜きをした事がないのであろうか。

 酔っぱらっているからであろうか。

 開けられない、開けられないと、嘆き続けておる。


 こんな真夜中である。

 誰も助けてくれないので、もう諦めて帰ればいいのに。

 そう、お思いの方が多いのではなかろうか。


 否。こんな真夜中だからこそ、動く人間も居て、そして、奇跡的にその動く人間が彼女の傍に居たのである。


 妖怪退治屋である。

 この妖怪退治屋はあろう事か、吾輩を妖怪であると決めつけて退治しようと、先程から念仏を唱えながら数珠を擦り合わせまくっておる。

 何でも、吾輩が深夜にここを通り過ぎる人間を瓶に閉じ込めて、コカ・コーラで溶かしてしまう悪しき妖怪だとの噂を聞きつけて、遠方からはるばるここまで足を運んだらしい。


 けしからん。

 吾輩はそのような悪逆非道な行いをしたりはしないのである。

 ただの一時、人間にコカ・コーラを飲む事でスカアッとなってほしいだけである。

 この吾輩のレトロな外見に、きゃっきゃうふふとなってほしいだけである。

 それを。

 まったくもってけしからん。

 吾輩に口があったのならば、即刻怒鳴っておっただろう。

 バッカモーン。

 しかし、悲しき哉。

 吾輩に言葉を発する事ができる口はなき。

 ゆえに、耐え忍ぶほかないのである。

 いや、いいのだ。

 廃棄処分さえされなければ吾輩はどうでもいいのである。

 今は、彼女をどうにかしてほしいのである。


 ほれ、妖怪退治屋よ。

 隣の彼女の瓶の栓を抜いてあげるのである。

 仕事に精を出すのは、まこと、感心ではあるものの、困っている人間を無視してする事であるか。

 いやいや、わかっておる。

 噂を信じ切っているからこそ、吾輩にしか目が向いていない事はよお~くわかっておる。

 おぬしのその、とても恐ろしい形相と目を見ていれば、おのずとわかる。

 わかるが。

 ええい、口惜しや。

 口欲しや。

 吾輩が話せていたら、妖怪退治屋の誤解を解き、彼女の瓶の栓を抜くように言えたものの。

 えええい、口惜しや。

 口欲しや。


「あの。申し訳ありませんが。瓶の栓を。瓶の栓を抜いてくれませんか?」


 己の無力さに怒りと悲しみが湧いていた吾輩は、一喜した。

 彼女が妖怪退治屋にみずから頼んだのである。

 そうだ。その手があった。彼女が妖怪退治屋に頼めばいいのである。

 これで万事解決だ。

 そう思っていたのだが。


「あの。もし」

「はんだーさりきやほんわーさりきや」

「あの~」

「さささささのさささささぺんぺぺりそわか」

「すみません!」

「こりゃれれれそわかぱぱぱぱぱんぱんぱぱん」


 けしからん男である。

 まっことけしからん男である。

 助けを求め声を発しているというのに、求めに応じぬとは。

 微塵も反応を示さぬとは。


 けしか………うん。

 ああ。うん。なるほど。ああ。なるほど。

 ふふふふふ。











「………瓶の栓が開けられて、よかったでござる」


 ぽつりと呟く妖怪退治屋の顔はまだ赤らんでいた。

 莫迦な男である。

 彼女の声を無視していたのではない。

 どう反応を返せばいいのかわからなかったのであろう。

 およそ推測するに、修行修行修行に明け暮れた結果、人間とどう話せばいいのかわからなくなってしまったのであろう。

 さあさあさあ。コカ・コーラ百九十ミリリットルの瓶入りでも飲みながら、朝日を迎えて、気持ちを新たに職務を全うするがよい。






 ちなみに彼女は巡回中の警察官に瓶の栓を開けてもらい、そのまま保護されていってしまわれた。


 ちなみにちなみに、妖怪退治屋は一週間吾輩に対峙しては、無害とわかるとどこぞへと行ってしまわれた。


 ちなみにちなみにちなみに、吾輩が今、直面している問題は、瓶泥棒である。

 瓶を回収しに来た者が激しく嘆いては、百九十ミリリットルのコカ・コーラ瓶入りを爆飲みしておるので、盗みを働くのは止めてほしいのである。











(2024.5.1)



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吾輩は自動販売機である 藤泉都理 @fujitori

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