第五十九話 夜間警備 その二
まだ若いんだ、何度でもやり直す事が出来る!
生きていれば、楽しい事がいっぱいあるはずだ!
今は辛くても、いつかは幸せになれる!
色々思い悩んで見たものの、そんな陳腐な言葉を聞かされても全く意味が無い事など、私自身が良く分かっている。
今の辛い現状から、逃げ出したくて自殺をするのだ。
何も分からない将来の話をされても、全く意味が無い。
今!すぐに!!助かりたいのだから!!!
この言葉に尽きる…。
私には、助けた人に掛ける言葉は思い浮かばない。
しかし、助けてしまった以上は責任を負うべきだ。
だから、助けた人から話を聞く事にした。
「俺でよかったら話して見ないか?」
私は出来るだけ優しく話しかけると、助けた人は憎悪のこもった目を私に向けながら、勢いよく立ち上がった。
骨折をしている私には激痛が走ったが、助けた人の心の痛みを考えればどうと言う事は無い。
助けた人が立ち上がれたと言う事は、大きな怪我はなかったと言う事だろう。
「お前!お前がいなければ!僕は!僕は!」
助けた人は涙をぼろぼろ流しながら、私を責めて来た。
よく見れば、ミュリエルが問題に巻き込まれていた時に居た貴族だと言う事が分かった
ミュリエルから聞いた話によると、彼はいじめにあっていて、食堂からも追い出されたらしい。
それでミュリエルが食事を彼の部屋まで持って行くようになり、一時は元気を取り戻していたそうだが…自殺に追い込まれるくらい、いじめが酷くなっていたと言う事だろう。
しかし、それと私が何の関係があるのかは分からない…。
彼の目は私を憎悪しており、私の何かが原因なのは分かる。
今彼に理由を聞いたところで、まともな返答は望めない。
相手は貴族でもあるし、ここは素直に謝罪した方が良いだろう。
「すまない…」
私は心を込めて謝罪した…。
これは原因に対する謝罪ではなく、私の都合で助けた事に対する謝罪だ。
「くそっ!くそっ!」
彼は私の謝罪に対して不快感をあらわにしたが、その場に両手両ひざをついて、地面を何度も叩きつけていた…。
私に暴力を振るってくれば気が済んだのかもしれないが、彼はそういう性格ではないのだろう。
私は動けないし、彼にこれ以上話しかける事も出来ない。
私は異変に思った仕事仲間が助けに来るまで、待ち続けるしかなかった…。
≪アレグトン視点≫
「無能が、授業の邪魔だから出て行けよ!」
「無能がいるだけで、気が散って授業に集中できないんだぜ!」
「皆の邪魔になるから、授業を受けに来ないでよ!」
僕が授業を受けようとしても、皆から邪魔されて授業をまともに受けられなくなりました…。
教員に相談しても我慢しなさいと言われるだけだし、教員自体も僕に対していい感情を持っていません。
分かってはいた事ですが、ステラウィッチ学園に僕の味方をしてくれる人は一人もいません…。
皆の言う通り、僕は無能なのかもしれません。
他人の感情が分かるという能力を持っていても、それを上手く使いこなす事が出来ていません。
僕は能力を生かして、僕に対していい感情を持ってもらえるように上手く立ち回らなくてはならなかったのです。
それが出来なかったから、授業もまともに受けられない状況になってしまったのです。
全ては僕が悪いのです…。
僕には生きていく価値もありません。
何もかもやる気が無くなってしまいました…。
家族には申し訳なく思いますが、先立つ不孝をお許しください…。
僕は深夜自室のベランダに出て、飛び降りて死ぬことにしました。
もう迷いはありません。
苦しみから解放されたい!
僕の思いはそれだけです。
ベランダの柵を乗り越え、目を瞑って地面に向けて飛び降りました!
痛い!!!
強い衝撃と痛みが、僕の全身に走りました!
痛みを感じていると言う事は、僕は死ねなかった事になります…。
「おい、大丈夫か?」
声を掛けられたので目を開けてみると、僕は誰かの上に落ちていたみたいです。
いいえ、助けられたのです…。
しかもこの男は、ミュールの夫ではないですか!
死ねなかった悔しさと、ミュールを取られた憎しみが一気に湧き上がってきました!
殴りつけてやろうと思いましたが、この男は僕の下敷きになりながら僕を助けた事で怪我をしています…。
いくら憎くても、僕は追い打ちをかけるようなことは出来ません。
怒りのやりどころがなく、僕は地面を叩きつける事で怒りを発散するしかありませんでした…。
少し冷静になり、僕を助けた男を見ると、後悔、罪悪感、苦しみと言った感情がかわるがわる現れていました。
普通、助けたのであれば、興奮、満足感、優越感と言った感情になるのではないでしょうか?
もしかしてこの男は、僕の事を本当に心配してくれているのだろか?
分からない…。
こんな感情を僕に向けて来た人は、今まで一人もいなかった…。
分かっているのは、殴らなくてよかったと言う事だけです。
僕は誰かが来るまで、この男の感情を見続けました…。
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