第五十八話 夜間警備 その一

 ミュリエルは、あの問題の後で仕事内容を変えて貰らい、今の所無事に仕事を続けていられるみたいだ。

 私も時間があればミュリエルの様子を見に行っているし、このまま何も問題無く仕事が出来るだろう。

 それに、ステラウィッチ学園側としても、貴族と問題が起きるのは好ましく思っていないみたいだ。

 ただし、両者の合意の下での使用人契約は認めているので、私としては注意が必要だ。

 ミュリエルは使用人契約をしたくは無いと言っているが、この前の様に無理やり貴族が迫って来る事もある。

 あの時私がミュリエルの事を妻だと宣言した事で、そこにいた貴族はミュリエルとの使用人契約を諦めてくれたが、他の貴族が諦めたと言う事ではないだろう。

 ミュリエルは自慢では無いが、可愛いし胸も大きい。

 貴族に目を付けられるのは仕方のない事なので、ミュリエルには仕事をしなくて良いとも伝えたのだが…。


「お金を少しでも多く稼いでおかないと学園を出た時に困るし、あたいもレフィーの役に立ちたい!」

 ミュリエルの言う通り、私とシャドルースが働いたお金の殆どは授業料に消えている。

 宿代と食事代が不要なので、それで十分だと考えていた。

 しかし、学ぶ事が無くなって学園を出て行っても、すぐに仕事が見つかるとは限らない。

 ミュリエルの稼いだお金に手を出すつもりは無いが、借りなければならない時があるかも知れないな。

 そうならないように、私はもう少し稼いでおかないといけないな…。

 と言っても、習いたい事は多いし、しっかり習っておかないと良い仕事に就けない。

 当面は、授業の方にお金を集中させていこうと思う。


 季節は真冬になり、夜の警備の仕事は厳しさを増している。

 夜の警備をする人も少なくなり、仮眠をとれる時間も短くなった。

 その分、給料は上がっているので、私としては何も問題は無い。


「見回りに行って来る」

「おう、頼んだぞ!」

 私は貴族の寮の周辺の見回りに、一人で行く事になった。

 今までは二人一組だったのだが、人が減ったため一人で周らなければならなくなった。

 私が夜の警備をやる様になってから不審者が来た事は無いし、愛用の槍も持っているので一人でも大丈夫だと思う。

 それに、不審者が複数人だった場合でも、笛を吹いて応援を呼べば駆けつけてくれる事になっているので安心だ。


 ランプを左手に持ち、右手に槍を構えて凍えそうな外の見回りを始めた。

 今夜は月が出ているので、見通しはいい。

 月明かりに照らされた貴族の寮は、冬の澄み切った夜空に幻想的に浮かんでいるようで美しい。

 ミュリエルやシャドルースにも見せてやりたいほどだが、寒すぎて無理だな。

 そんな事を思いながら寮の周囲を周っていると、寮の三階のベランダに誰か立っているのを発見した!

 外を見ている事から不審者では無く、寮生だと判断したが、それにしても深夜のこの寒い中外に出ているのは変だと思うしかない。

 笛を鳴らすか、それとも下から声を掛けるか迷ったが、深夜に大声を出して他の貴族に迷惑を掛けてはいけない。

 単に気分転換で外の空気を吸いたかっただけかもしれないし、暫く様子を見る事にした。


 しかし、その判断は間違っていた!

 ベランダに出ていた人は柵を一気に乗り越え、そのまま頭から地面に向けて飛び降りたからだ!

 私も飛び降りたから良く分かるが、頭から行けば死ぬのは間違いない。

 一瞬、そのまま死なせた方が幸福なのでは?と考えたが、警備の仕事をやっている私が見過ごしたとして責任を取らされてはたまったものではない!

 私はランプと槍を投げ捨て、落下地点へと駆けた!


 ドサッ!

 何とか受け止める事は出来たが、あまりの重さに私が潰される結果になってしまった…。

 両足は骨折しているだろうし、受け止めた胸の肋骨も折れている気がする。

 でも、私の体は朝までには治るだろうし、痛みはあるが気にはならない。

 それより、落ちてきた人は大丈夫だっただろうか?


「おい、大丈夫か?」

「う、うぅ…」

 私が下で助けたとはいえ、三階から飛び降りて無傷とはいかない。

 早く警備員の詰め所に運んで治療してやりたいが、私の両足が骨折しているため運ぶ事は出来ない。

 意識ははっきりしているみたいだし、怪我の具合が対した事無かったら、自分で歩いて行って貰う事にしよう。


「何処か痛い所はあるか?」

「なんで…なんで…助けたんですか!」

 私が助けた人は、涙ながらにそう訴えて来た!

 その気持ち、痛いほど良く分かる…。

 やはり助けず、死なせてあげた方がこの人の為になったのだろう…。

 相当思い悩んだ結果として、自殺を選んだのだ。

 私に彼を責める事など、決してできない。

 私は泣きながら訴えてくるこの人に何を話したらいいのか、思い悩む事になった…。

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