第五十六話 アレグトン その三

 剣術を始めてからと言うもの、僕の毎日は充実していました。

 魔法を使えない理由がはっきりして、迷いがなくなったからだと思います。

 教えて下さった大魔法使いイドリーには感謝をしていますし、後でお礼を持って行かなくてはなりません。

 何を持って行けばいいのか分かりませんので、父と相談して決めようと思います。


 充実しているもう一つの理由は、毎日僕の所にミュールが食事を運んで来てくれるからです。

 最近少しずつ会話をするようになり、名前も教えて貰いました。

 日焼けしていたミュールの肌も元通りになり、今は真っ白で美しい肌に戻っています。

 元々可愛らしかったミュールの笑顔が、より輝いて見えます。

 今も授業を受けに行くといじめられていますが、ミュールの笑顔を見るだけで、いじめられた事などすぐに忘れ去る事が出来ます。

 ミュールがいなかったら僕は食事が出来ずに、ステラウィッチ学園から去っていたのかも知れません。

 ミュールは僕の恩人で、僕が個人的なお礼をしてあげたいと思っています。

 ミュールを僕の妻に出来れば良かったのですが、身分が違いますので非常に残念ですがそれは出来ません。

 僕の専属使用人として雇い入れ、ステラウィッチ学園を卒業後は家に連れ帰り、将来的に僕のお妾さんに出来ればいいなと考えています。

 僕に対してのミュールの感情は悪くないですし、お給料を多めに出してあげれば専属使用人に成ってくれると思います。

 ですが、もし断られたらと思うと、中々その話を切り出す事が出来ていません…。

 そろそろ勇気を出してミュールに話さないと、可愛いミュールは他の人が専属使用人して雇うかも知れません。

 今日こそは、勇気を振り絞ってミュールにその話をしようと思っています。


「止めてください!お願いします!」

 ミュールが来るのを部屋で待っていると、廊下からミュールの悲鳴のような声が聞こえてきました。

 僕は慌てて部屋から廊下に出て見ると、ミュールの周りに僕を何時もいじめている人達が集まっていた。


「落ちこぼれの奴なんかに食事を持って行くくらいなら、俺の所に持って来てくれよ!」

「私は給料を倍出しますよ」

「あっ、それはずるいぞ!何なら三倍、いや、四倍だそう!」

「あの…ごめんなさい…」

 どうやら、ミュールを巡って争っている様子です…。

 先を越されてはいけないと思い、僕は普段絶対出さないような大きな声を出して止めに入りました。


「止めないか!」

「あぁん、落ちこぼれに用はないんだよ!」

「そうそう、引っ込んでろ!」

「嫌です!ミュールは僕のものなのです!」

 僕はミュールを守るように、前に出て行きました!


「へぇ、俺達とやろうってのか?」

「面白い!やってあげますよ!」

「いつも見たいに、黙っていれば痛い目を見ずに済んだのにな!」

 ガッシャーン!

 一人が、僕の為にミュールが運んで来てくれた食事の乗ったワゴンを蹴り飛ばして倒してしまいました。

 僕を威嚇するためにやったのだと思います。

 暴力を振るわれるのは怖いですが、ミュールの前で恥ずかしい所は見せられません。

 恐怖に打ち勝ち、相手を睨みつけてやりました!

 それが相手の怒りに火を点けたみたいで、僕は殴られ、蹴られたりもしました…。

 ですが、ミュールを守らなくてはならないので、何とか踏ん張って耐えました。

 剣を習い始めてから、毎日走り込みを欠かさないようになって、足腰が鍛えられた結果だと思います。

 やがて人が騒ぎを聞きつけて集まって来て、暴力は止めてくれました。


「おい、その女をどこに連れて行く!」

「廊下が汚れていますので、掃除道具を取りに行く所です」

「それならお前だけで行け!その女は俺達の物だから置いて行け!」

「いいえ、それは出来かねます。何故ならこの人は私の妻だからです!」

「何だと!」

 いつの間にかミュールの知り合いが来ていて、ミュールを連れて行こうとしていました。

 そんな事より、ミュールが妻…妻…妻…。

 そして…ミュールの感情が幸せにあふれ返っています…。

 僕は今日ほど、自分の能力を呪った事はありませんでした…。

 完膚なきまでの敗北です…。


「ちっ!つまんないぜ!」

「行こう、昼休みが終わる!」

「そうだな…」

 ミュールがいなくなって、僕に暴力を振るっていた人達も去っていきました。

 僕はその場に両手両ひざをついて倒れ込み、悔し涙を流しました…。


「大丈夫か?」

「はい、大丈夫…」

 暫くして、倒れ込んでいる僕に誰か声を掛けてくれたので顔を上げて見ると、ミュールの事を妻だと言った人でした…。

 この男がミュールの旦那なのだと思うと、殺意が湧いてきました…。

 男は親切に僕を立たせてくれてから、廊下に散らばっている僕の食事だった物を掃除し始めました。

 僕はその様子をじっと見続け、男が掃除を終えて去って行くまで、その場に立ち尽くしていました…。

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