第五十五話 俺の妻

「レイ兄、寝なくて大丈夫なの?」

「大丈夫だぞ、それにちゃんと寝ているからな」

「それならいいけど、無理しちゃ駄目だよ!」

 ステラウィッチ学園に来てから一ヶ月が経ち、私は最近、学園の夜の警備の仕事を受けていた。

 主に貴族の寮の周辺の警備だが、貴族の寮は広大なステラウィッチ学園の奥の方にあって不審者が来る事はそうそうない。

 万が一、不審者が襲撃して来たら戦わないといけなくなるが、その様な事は滅多にないのでかなり暇な仕事になる。

 それに一晩中起きて警備をしているのでは無く、二時間毎に交代となるから仮眠もとれる。

 野宿をしている時には一晩中起きていたから、それに比べればかなり楽な事だ。

 シャドルースに心配かけてしまう事になるが、給料がいいし、学園にいるのだから昼間は勉学に励みたいと思う。


 勉学と言えば文字の読み書きは三人共修得し終え、今は魔族語を覚えている所だ。

 またどこかで魔族やドワーフと会うかは分からないが、覚えておいて損はないだろう。

 ミュリエルとシャドルース、それにミュリエルの友達になったシャリエットまで付き合って魔族語の授業を受ける必要は無かったのだがな…。

 習いたいと言う気持ち削ぐ必要は無いし、四人で仲良く魔族語を覚えようと思う。

 その他にも受けたい授業があるが、色々やり過ぎても見につかないし、少しずつやって行こうと思う。


 剣術の方は、短剣の扱いにも慣れて来て戦える様にはなって来た。

 よくよく考えたら、長剣より短剣の方が私に合っていたのかも知れない。

 弓、槍、短剣、その時の状況によって使い分けて戦えれば、かなり戦いを優位に進められるのでは無いかと思う。

 教員相手にはまだまだ通用しないが、春ごろまでには戦えるようになりたいので、頑張って行きたいと思う。


 シャドルースの方は基本を覚えて、模擬戦の訓練へと移行している。

 毎日傷だらけになっているが、怪我は魔法で治療して貰えているので支障はない。

 改めて魔法の便利さを実感し、私も魔法を覚えて見たいと言う気持ちが増えて行っていたが、魔法は剣術がまともに使えるようになってからだな。


 ステラウィッチ学園は安心して勉強に励めるし、安定した仕事も得られる素晴らしい学園だが、問題が全く無いと言う事は無い。

 問題は主に仕事の方で起こっている。

 貴族は私達平民を奴隷と同程度に見ているし、少しでも気に入らない事があれば暴言や暴力を振るって来たりする。

 私も何度か暴言を吐かれた事はあるし、殴られた事もある。

 頭には来るが、貴族と問題を起こしてしまえば、この学園にいられなくなってしまうので、我慢しなくてはならない。

 しかし、私自身に対してならどんな事も我慢できるが、身内や見知った者が対象になれば我慢できない。


「レ、レフィー!ミュールが…ミュールが大変なの…」

 午後に、貴族の寮の周囲の草刈りをしていると、シャリエットが私の所に慌てた様子で駆け寄って来た!

 ミュリエルの身に何か起こったようで、私はシャリエットに案内して貰って現場へと急いだ。

 現場は貴族の寮内で、廊下には料理や食器がまき散らされていて酷い状況だった。

 そんな場所に、ミュリエルが困ったように立ち尽くしていた…。

 ミュリエルの前には一人の貴族の男がいて、その男を五人の貴族の男が取り囲んでいた。

 ミュリエルは貴族同士の争い事に巻き込まれたみたいで、直接ミュリエルが暴力を受けたとかでは無くて安心した。

 私は言い争いをしている貴族達の横を刺激しない様に通り抜け、ミュリエルの傍へとやって来た。


「大丈夫か?」

「うん、大丈夫!だけど…」

 ミュリエルは私が来た事で一瞬安心した表情を見せたが、すぐに視線を貴族の方に向けて心配している表情になった。

 私もそちらを見てみると、言い争いをしているかと思ったが、一方的に一人の男が攻められているのが分かった。

 ミュリエルが心配しているので助けてやりたいが、私が手出しをしても火に油を注ぐだけだろう。

 ミュリエルを連れて現場を離れ、掃除道具を用意して戻るのが最適だろう。


「おい、その女をどこに連れて行く!」

「廊下が汚れていますので、掃除道具を取りに行く所です」

「それならお前だけで行け!その女は俺達の物だから置いて行け!」

「いいえ、それは出来かねます。何故ならこの人は俺の妻だからです!」

「何だと!」

 ミュリエルを物だと言われて取られたくは無いと思い、ついミュリエルの事を妻だと言ってしまった。

 結婚の約束はしているし、妻だと言っても差し支えは無いとは思うし、この場を切り抜けるには一番いい答えだっただろう。


「ちっ、男がいたのかよ…」

「さっさと行け!」

 男達はミュリエルが私の妻だと知ると興味を無くしたみたいで、引き留められずにこの場から逃げ出す事が出来た。


「レフィー、あの…ありがと」

「あーうん、今は仕事中だから抱き付かないでくれ」

 ミュリエルは私に妻だと言われて嬉しかったのか、人気が無くなった所で抱き付いて来た。

 私もミュリエルに抱き付かれて嬉しい気持ちはあったが、仕事を優先しなくてはならない。

 ミュリエルはシャリエットと共に戻って貰い、私は掃除道具を手にして現場へと戻って行った。

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