第四十六話 ステラウィッチ学園 その二

「嫌っ、嫌っ、レフィーと離れるのは嫌っ!」

「ミュール、俺達は離れる事は無い。ただ、寮の規則として一緒にいられないだけだ」

「そうだよミュリ姉、授業では一緒になれるからね!」

「シャドはレフィーと一緒にいられるから、そう思えるんだ!」

 寮を見に行こうと言う事になり、ミュリエルが一人になる事を嫌だと言って私から離れてくれない。

 ミュリエルを一人にするのは心配だが、だからと言って、男子寮にミュリエルを連れて行くのは危険すぎる。

 それに、たまにはミュリエルを一人にした方がミュリエルの為にもなる。


 ミュリエルに出会ってから今日まで、ミュリエルの世話は私がほとんどやって来た。

 ミュリエルに甘えられるのは私としても嬉しかったし、妹ステイリーをもっと甘やかしてあげたかったという私の願望もあってミュリエルを甘やかしできた。

 しかしその甘やかしは、ミュリエルの自立の機会を奪っていると言う事も重々承知していた。

 シャドルースと一緒に旅をするようになってからも続けていたし、シャドルースからも不満を言われることも多くあった。

 私が心を鬼にしてミュリエルを甘やかさないようにすれば良かったのだが、心の弱い私にはそんな残酷なことは出来ない…。

 結局、私が離れないとわがままを言うミュリエルを作り上げたようなものだ。

 いい機会なのだから、私もミュリエルから少し離れなければならないな。


「ミュール、よく聞いてくれ。俺はミュールとの約束を果たすために、ここで文字の読み書きを覚えなければならない。

 この学園に通うのにはお金が必要だし、働かなくてはならない。

 だから、この学園にいる間だけは我慢してくれ」

「………うん」

 私はしゃがみ込んでミュリエルと視線を合わせ、出来る限り優しく声を掛けた。

 ミュリエルの表情が悲しみに変わっていくにつれて、私の心はかなり痛んだ。

 しかし、この学園で文字の読み書きを覚えない事には、安定した仕事に就くことは難しい。

 美女と美食の宿屋の二人はとても良い人で、見ず知らずの私とミュリエルを雇ってくれたが、あんなに良い人多はそうそういない。

 私自身が、私を雇いたいと思えるような人物にならなくては、出身地も分からないような私を雇ってくれる人はいないだろう。


「ミュール、寮にいる人の言う事をよく聞いて、自分に合った仕事を見つけてくれ」

「分かった…頑張る…」

「よし、いい子だ」

 私はミュリエルの頭を撫で、ミュリエルが通路の奥に消えるまで見送った。


「シャド、俺たちも行こう」

「うん!」

 私はシャドルースを連れ、左の通路へと進んで寮を目指した。

 通路から建物の外に出た先には少し古ぼけてはいたが立派な建物があり、その建物が寮なのだろう。

 建物内に入って行くと年老いたお婆さんがカウンター内に座っていて、お婆さんは眉間にしわを寄せて私とシャドルースを睨みつけて来た。

 入っては不味かったのだろうか思いつつ、お婆さんの前まで行って話しかけてみる事にした。


「初めて見る顔だね。今日からここを使うのかい?」

「そうだ」

「で?あんたたちは何が出来るんだい?」

「俺はある程度何でもできるが、こっちの子はまだ仕事をまともにしたことが無い」

「そうかい、じゃぁ掃除あたりから始めてもらおうかね。今日は授業は無いのかい?」

「明日の朝一からだ」

「ほれ、あんたたちの部屋の鍵だよ、無くしたりするんじゃないよ。

 部屋はそこから階段を三階まで上がって二つ目の部屋だよ。

 荷物を置いたら、すぐに下りてきな」

「分かった」

 お婆さんから部屋の鍵を受け取り、シャドルースを連れて三階の部屋へと向かっていった。


「きれいな部屋だね!」

「そうだな」

 与えられた部屋は六畳くらいで、ベッドが二個にテーブルと椅子が置かれているだけの部屋だった。

 寝泊まりするには十分すぎる広さで、これが無料で使えるというのであれば文句はない。

 荷物を置き、部屋に鍵をかけて一階のお婆さんの所へと戻って来た。


「来たね。さっそくだけれど廊下の掃除をしてもらうよ。道具は通路の突き当りの扉の奥にあるからね」

「廊下とは一階のか?」

「全部に決まっているよ!ほら、さっさとやりな!」

 お婆さんにまくしたてられ、私とシャドルースは廊下の掃除をやらされることになった。

 これが試験なのかは分からないが、言われた通り廊下の掃除をやるしかない。


「シャドはこのはたきを使って、壁についたほこりを落としていってくれ。俺はシャドの後から箒を使って埃を集めて行くからな」

「うん、分かったよ!」

 シャドルースは掃除などしたこともないだろうし、最初は簡単な事からやらせることにした。

 埃を掃いた後は、雑巾を使っての拭き掃除だ。

 お婆さんから井戸の場所を聞き、水を汲んで来てシャドルースと一緒に廊下の拭き掃除を行っていった。

 シャドルースは最初楽しそうにやっていたが、段々と疲れを口に出してきていた。


「レイ兄…まだ終わらないの?」

「後二階あるから、もう少し頑張ろう!」

「うん…頑張るよ…」

 寮は五階建てで、三階の廊下の掃除が終わった所だ。

 休みながらやったせいで、時間もかなりかかっている。

 だが、試験に合格するためにも、最後までやり遂げないといけないだろう。

 シャドルースを励ましながら、残りの廊下も掃除していった…。

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